経営層の実力は、組織に大きな影響を与えます。次世代の経営人材を育成するのに欠かせないのが、サクセッションプランです。
この記事ではサクセッションプランについて、以下を中心に解説します。
- サクセッションプランの意味
- サクセッションプランの作り方
- サクセッションプランを実践した企業事例
この記事を読めば、サクセッションプランに対する理解が深まり、施策の具体的なイメージを膨らませることができます。ぜひ参考にしてください。
サクセッションプランとは?
サクセッションプランとは、「組織上重要なポジションの後継者を育成するための計画」のことです。
「サクセッション(Succession)」には、「連続」「継承」「相続」といった意味があります。読んで字の如く、「継承の計画」と考えればわかりやすいかもしれません。
サクセッションプランが作成される場面はさまざまですが、典型的なのは大企業の経営幹部育成です。また、中小企業における社長の後任育成でも、サクセッションプランが策定されることがあります。
サクセッションプランが注目されている背景
VUCA時代に突入し、綿密なサクセッションプランを策定する企業が増えてきています。なぜ、今になってサクセッションプランが注目されているのでしょうか。
その理由は、主に以下の3点です。
- 人的資本経営の実現
- 経営層に必要な能力の高度化・複雑化
- コーポレートガバナンス・コードへの対応
サクセッションプランが注目されている背景について、一つずつ掘り下げていきましょう。
人的資本経営の実現
サクセッションプランは、人的資本経営における最重要課題の一つです。
人的資本経営とは、人材を「資本」という価値創出の源泉として捉える経営手法を指します。これは、昨今の重要な人事トレンドの一つです。経済産業省は2022年から「人的資本経営コンソーシアム」を開催するなど、人的資本経営の実現に向けた積極的な取り組みを進めてきました。
サクセッションプランの策定は、人的資本経営の実現につながります。なぜなら、5年後や10年後を見据えた計画的な経営人材の育成ができれば、内部人材の戦略的な活用が可能になるからです。人材という「資本」の価値を最大化するため、サクセッションプランの策定に着手する企業が増えてきています。
経営層に必要な能力の高度化・複雑化
ビジネス環境が激しく変化するVUCAの時代に突入し、経営層に必要な能力はますます高度化・複雑化しています。
例えば経営層は、日々進化するテクノロジーに目を光らせておく必要があります。ビジネス環境のグローバル化に対応するためには、各国の法規制や商習慣の理解も必須です。ときには、複雑なビジネス環境で難しい判断を迫られる場合もあるでしょう。
経営層に必要な情報収集能力や判断力は、一朝一夕で身につくものではありません。複雑なビジネス環境で勝ち抜くためには、サクセッションプランに基づいた計画的な教育を受け、これらの能力を早い段階から磨いておく必要があります。
コーポレートガバナンス・コードへの対応
コーポレートガバナンスコードとは、コーポレートガバナンスにおける原則や指針を示したものです。コーポレートガバナンスコードには、以下のような記載があります。
取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである。
出典:株式会社東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード」 補充原則4−1③,
簡単に要約すると、「経営層は、計画的に後継者を育成するように監督する必要がある」ということです。これは、サクセッションプランの目指すところに他なりません。
コーポレートガバナンスの開示資料は、投資家などから極めて重要視されます。明示的なサクセッションプランを作成することで、「健全な企業経営が行われている」という対外的なアピールにつながるのです。
サクセッションプランニングのメリット
サクセッションプランニングとは、サクセッションプランを策定することです。主に、以下の3つのメリットがあります。
- 安定した経営ができる
- 内部人材のリテンションにつながる
- 人材採用コストを削減できる
ここからは、サクセッションプランニングのメリットについて見ていきましょう。
安定した経営ができる
サクセッションプランニングのメリットとして、安定した経営の実現が挙げられます。
経営層の育成をおざなりにしてしまうと、力不足の状態で経営層へ就任することになってしまいます。経営層が会社に与える影響は大きいので、誤った判断を下した場合は急激に会社の業績が傾くこともあるでしょう。
サクセッションプランニングによって、経営層としての実力を備えた人材を社内に増やすことができます。実力不足のまま経営陣に加わるという事態が起こりづらくなるので、経営の安定化につながります。
内部人材のリテンションにつながる
サクセッションプランニングのメリットとして、内部人材のリテンションも挙げられます。
リテンションとは、人材の流出を防止することです。一般的なサクセッションプランニングでは、まず経営層になりうる人材の選抜を行います。このとき、選抜された社員には「あなたは将来の経営幹部になってほしい」という会社からの期待が伝わるでしょう。その結果、企業へのエンゲージメントが向上し、離脱が起こりづらくなります。
加えて、サクセッションプランが用意されているということは、「内部人材から経営層を育成する」という企業側のメッセージになります。成長を望む社員の出世意欲の刺激につながるので、離職リスク低減も期待できるのです。
人材採用コストを削減できる
人材採用コストの削減も、サクセッションプランニングのメリットの一つです。
経営人材は、主に以下の2パターンで選ばれます。
- 内部人材の育成
- 外部人材のヘッドハンティング
後者の外部人材からヘッドハンティングするパターンは、社外の知見を取り入れることができる一方で、採用コストが発生します。加えて、企業特有の事情に精通していないケースが多く、こうした知識を獲得してもらうのにもコストが必要です。
サクセッションプランを策定し運用を行えば、内部人材から経営人材を登用できるようになり、採用コストの削減につながります。経営人材の育成手順が標準化されるので、社内から効率よく優秀な人材を調達できるようになるのです。
具体的なサクセッションプランニングの進め方
サクセッションプランニングは、以下の8つのステップで進めるのが一般的です。
- 自社のMVVや経営計画を明確化する
- 対象のポジションを洗い出す
- 各ポジションの人材要件を定める
- 候補者を選抜する
- 候補者ごとの育成計画を作成する
- 育成計画を実行する
- 進捗確認とフォローを行う
- 後継者を決定する
まずは、自社のMVVや経営計画を明確化し、どのポジションの経営人材を育成するのか決めましょう。
その後、それぞれのポジションに必要な人材の要件について定め、人材の選抜を行います。このときは、後ほど解説する「9ブロック」などを活用するのがおすすめです。また、「すぐに就任できる人材」「3年後に就任できそうな人材」「ポテンシャルを持った人材」などと、何段階かに分けて選抜するのもよいでしょう。
次に、候補者ごとに育成計画を策定します。新入社員育成などとは異なり、サクセッションプランは少数精鋭を対象とした施策です。「大人数をまとめて育成する」というものではないので、経験や能力を踏まえた個別の育成計画を策定する必要があります。
最後に、育成計画を実行し、必要に応じて進捗確認やフォローを行います。経営戦略の変更があれば、それに応じて育成施策も柔軟に変更しましょう。無事に育成が終了したら、後継者へ正式に指名して、サクセッションプランは完了です。
サクセッションプランの成功事例
ここからは、企業におけるサクセッションプランの成功事例を紹介します。サクセッションプランニングのイメージを膨らませるのに役立ててください。
トヨタ株式会社
トヨタ株式会社は、グローバル幹部を担う人材を育成するために「GLOBAL*21プログラム」を策定しました。GLOBAL*21プログラムでは、以下の三本柱が定められています。
- 経営哲学や幹部としての期待
- 人事管理
- 育成配置と教育プログラム
トヨタでは、ビジネス環境のグローバル化に対応するため、海外事業体からの幹部育成を積極的に行っているのが特徴です。部長相当のポジションに海外人材を常時4〜5人程度配置する「GATEP」や、次長や課長クラスを対象とした「LDP」といったグローバル教育プログラムも展開しています。
参考:人材育成|福利厚生と働き方|キャリア採用情報|トヨタ自動車株式会社
三井化学株式会社
三井化学株式会社では、長期経営計画である「VISION 2030」に基づいた次期経営者育成を進めてきました。
同社はサクセッションプランの一環として、2016年から「キータレントマネジメント」を実施してきました。キータレントマネジメントの具体的な内容は、以下の通りです。
- グローバルレベルで候補者を選抜する
- 個別の育成計画を練り、研修や人材配置を行う
- グローバル人材について議論する委員会の設置
本事例で特徴的なのが、3点目の委員会の設置です。この委員会では全社レベル・部門レベルで、グローバル人材の選抜が適切だったかどうかなどを議論しています。取締役会や人事指名員会などとも連動しているので、経営レベルでの戦略策定が可能です。
これらの施策を開始してから8年が経過した2024年時点では、後継者候補準備率が200%を超えています。これは、1つの戦略重要ポジションに対して2人以上の後継者候補を育成できている状態です。
本事例についてさらに知りたい方は、資料ダウンロードから詳細資料をご確認ください。

帝人株式会社
「人財」を究極の資本として位置付けている帝人株式会社では、グローバルレベルでの適所適材を実現するため、サクセッションプランを策定しています。
帝人では、役員起点でサクセッションプランを策定しているのが特徴です。具体的には、以下の流れで進めています。
- 各役員がサクセッションプランを策定する
- CEOと人事・総務管掌を交えた3者面談で内容を確認する
- グループ人事・D&I会議で議論する
役員ポジションの候補者に対しては、就任までの育成期間における戦略的な配置も重視しています。また、経営層育成を見据えた「STRETCH.advanced」や「JuMP」といった研修プログラムも充実させました。
参考:人的資本 | 社会 | サステナビリティ | 帝人株式会社
サクセッションプランニングにおけるポイント
サクセッションプランニングにおけるポイントは、主に以下の3つです。
- 9ブロックで候補者の能力を評価する
- 経営層が積極的に関与する
- 経営を実践する機会を設ける
それぞれを順番に解説します。
9ブロックで候補者の能力を評価する
サクセッションプランニングの際は、「9ブロック」を用いるのがおすすめです。
9ブロックとは、縦軸に「業績」、横軸に「Growth Values」を用いて、それぞれ3段階の合計9マスに分類する評価手法を指します。なおGrowth Valuesは、以下の5つの項目を総合的に評価した数値です。
- 外部志向
- わかりやすいく明確な思考
- 勇気と想像力
- 包容力
- 専門性
これらは、もともとGeneral Electric Comapany(GE社)で用いられており、サクセッションプランの成功例として世界的に普及しました。
9ブロックを用いると、候補者の能力を視覚的に把握できます。また、「業績は高いがGrowth Valuesが低い社員が多いから、コンピテンシーを重点的に育成しよう」といった具合に、サクセッションプラン全体の方針を決めるのにも役立つでしょう。
経営層が積極的に関与する
サクセッションプランニングには、経営層の積極的な関与が必要です。
例えば、先ほどご紹介した帝人株式会社の事例では、役員本人がサクセッションプランを作成し、CEOとの議論のもとそれを実行に移しています。
経営層が積極的にサクセッションプランへ関わることで、現状に即した経営幹部の育成計画を立てやすくなります。加えて、役員肝入りの育成施策であれば、社内からの理解も得やすいです。
経営を実践する機会を設ける
サクセッションプランニングを行う際には、経営を実践する機会を積極的に設けましょう。
経営能力は、座学だけでは獲得できません。実際の新規事業立案やDX推進などへ携わることで、はじめて実践的なスキルを身につけることができます。
具体的な方法としては、以下がおすすめです。
- 社内異動
- 越境学習
社内異動の場合は、社内で副部長や役員補佐といったポジションへ任命し、実務経験を積んでもらうとよいでしょう。後者の越境学習は、社外で経営経験を積む方法です。
サクセッションプランに越境学習を取り入れることで、以下のようなメリットがあります。
- 疑似的な経営・リーダー経験ができる
- 過去の成功体験が通用しない「タフアサインメント」の機会になる
- さまざまなバックグラウンドや視点を持った人材と交流できる
社内で経営に触れる機会を用意することには限界がありますし、社外で経営を経験することで、「場数」を増やすことができます。その結果、経営層に求められるマインドの獲得や、ポータブルスキルの強化が期待できるのです。
次期経営者候補に対する越境学習実践事例
ここからは、次期経営者候補に対して越境学習を実践した事例を2つ紹介します。いずれも実践的な経営を経験する場のデザインに成功した事例なので、ぜひ参考にしてください。
精密機器メーカーでタフアサインを実践した事例
精密機器メーカーのA社では、部長12名を対象としたサクセッションプランの中で、越境学習を導入しました。
本事例は、以下の2段階に分けて育成を実施しています。
- 経営スキルのインプット
- 越境社外研修「複業留学」
いきなり実践へ取り組むのではなく、まずはマネジメントや経営、組織開発などの基本的な内容についてインプットを行ったのがポイントです。その後、インプット内容を定着させる機会として「複業留学」を活用し、実際に他社での新規事業立案や営業戦略策定、M&Aリサーチや投資の実行などに取り組んでもらっています。
製薬メーカーで「自己変容型知性」の育成に成功した事例
製薬メーカーのB社では、35歳前後の次世代経営人材候補10名を対象として、3ヶ月に及ぶ選抜プログラムを実施しました。
本事例では、以下の3段階に分けて経営層の育成を実施しています。
- リーダーシップ研修
- 合同研修
- 越境社外研修「複業留学」
本事例でも、まずはリーダーシップ研修や合同研修を通じて、基礎的な経営スキルの定着を図っています。その後、越境社外研修として「複業留学」を実施し、以下のような実践経験を積んでいただきました。
- 人材紹介会社におけるブランディングの策定・実施
- 事業環境の分析や経営課題の整理
なお、研修期間にはeラーニングやワークショップも並行させ、インプットのさらなる強化を実現しています。
まとめ
サクセッションプランについて、定義や作成方法、ポイントなどを解説しました。
経営環境が複雑化している昨今では、戦略的に次世代の企業幹部を育成することが重要です。そのためには、経営層と人事が積極的に連携しながら、明確なサクセッションプランを作成しておく必要があります。社内異動や越境学習などを盛り込み、実践的な環境で経営を学べる機会を確保するとよいでしょう。
ぜひこの記事で紹介したポイントや事例を参考に、実効性の高いサクセッションプランを策定してください。
次期経営者育成における、越境学習(タフアサインメインとの機会提供)には、エンファクトリーの複業留学がおすすめです。
詳しく知りたい方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。