「研修を実施したのに現場で活かされない」
「一時的に変わっても、しばらくすると元に戻ってしまう」
こうしたお悩みをお持ちではありませんか?
行動変容につながる効果的な研修を実施するためには、人が行動を変化させる際のプロセスを理解しておくと役立ちます。「行動変容モデル」は、行動変化を5つのステージに分けて説明するフレームワークです。
本記事では、行動変容モデルの定義から活用方法まで、人事担当者が知っておくべき知識をわかりやすく解説します。「社員の行動が変わらない」とお悩みの人事担当者の方は、ぜひ参考にしてください。
目次
行動変容モデルとは?
行動変容モデルとは、人が行動を変える際の段階を5つのステージに分けて説明するフレームワークです。最近ではビジネス環境の急激な変化や研修の多様化に伴って、行動変容モデルが改めて意識されつつあります。
まずは、行動変容モデルの基本事項について見ていきましょう。
行動変容モデルの定義
行動変容モデルとは、人が行動や習慣を変える際に通過する心理的なプロセスを以下の5つの段階に分けて説明するフレームワークです。
- 無関心期
- 関心期
- 準備期
- 実行期
- 維持期
もともとは、米国の心理学者であるジェームズ・プロチャスカとカルロ・ディクレメンテが1983年に発表した「多理論統合モデル」の中の一理論として提案されました。その重要性は広く認識されつつあり、最近では企業研修や学校教育、医療機関といったさまざまな場面で活用されています。
一般的に、行動変容を起こすことは簡単ではありません。例えばダイエットや節約、勉強などを始めようと思ったのに、なかなか続かなかった経験がある方も多いのではないでしょうか。
行動変容が難しい理由は、人間の考え方や習慣が変わるまでには時間がかかるからです。行動変容モデルでは、行動変容までの各ステージには特有の心理状態や課題があるという前提のもと、それぞれのステージにあったアプローチを重視します。
こうした行動変容モデルの考え方は、企業における人材育成にも応用することが可能です。行動変容モデルに基づいた人材育成の方法は、後ほど詳しく解説します。
行動変容モデルが注目されている背景
行動変容モデルが注目されている背景は、主に以下の2つです。
- 従来型研修の限界が認識され始めた
- ビジネス環境が変化した
第一に、従来型の研修の限界が認識されつつある点が挙げられます。これまでは、講師が社員に対して一方的に知識を伝える「講義型」の研修が主流でした。
しかし、昨今では従来型の研修の効果に疑問を持つ企業が多いです。例えばSynapse Consultingが2022年に実施した調査では、社内教育における課題として「現場で役立っている実感がない」と回答した企業が3割を超えています。単なる知識の習得だけでは、実際の行動変化につながらないことが明らかになりつつあるのです。
第二に、DXやグローバル化によるビジネス環境の急速な変化が挙げられます。
例えばDXを進めるためには、紙ベースの作業をITツールに移行するという行動変容が求められます。グローバル化に対応するためには、語学の学習を習慣化する行動変容が必要です。
こういった行動変容を後押しするための方法論として、行動変容モデルに着目する企業が増えてきています。
行動変容モデルの5つのステージとは
行動変容モデルでは、行動変容が起こるまでのプロセスを以下の5つに分けて考えます。
- 無関心期
- 関心期
- 準備期
- 実行期
- 維持期
それぞれのステージの特徴について詳しく見ていきましょう。
第1段階:無関心期
無関心期は、個人がまだ変化の必要性を認識していない段階です。この段階における社員には、以下のような特徴が見られます。
- 「現状で問題ない」と考えている
- 変化の必要性を否定している
- 自分には関係ないと思っている
- 変化によるメリットよりもデメリットを強く感じている
例えば、DX推進において「今までのやり方で十分うまくいっている」「新しいシステムを学ぶ時間がない」と考える社員は、無関心期に位置しています。
この段階では、変化の必要性を認識させることが重要です。まずは現状に対する問題意識を持ってもらい、「変化しなくては」という内発的な動機を形成しましょう。他社での成功事例を共有したり、現状維持によるリスクを説明したりすることが有効です。
第2段階:関心期
関心期は、変化の必要性を認識し始め、行動変容について考え始める段階です。
無関心期よりは変化が近い段階ですが、まだ具体的な行動には移していません。関心期の社員の特徴は以下の通りです。
- 変化の必要性を理解し始めている
- メリットとデメリットを比較検討している
- 情報収集を始めている
- 変化に向けた葛藤や不安を感じている
例えば、「新しいスキルの必要性は理解しているが、どう学べばいいか分からない」「変わりたいが自信がない」といった状態は、関心期にあたります。
この段階では、行動を起こすことによる具体的なメリットを伝えたり、まずは小さな一歩を踏み出してもらったりすることが有効です。また、上司からの声かけなどによって、変化に伴う不安を取り除くことも効果的です。
第3段階:準備期
準備期は、行動変容を決意し、具体的な準備を始める段階です。この段階の社員には、以下のような特徴が見られます。
- 行動変容を決意している
- 具体的な計画を立て始めている
- 小さな行動変化が見られる
- 周囲からのサポートを求めている
例えばDXであれば、「来月から新しいITツールを使い始めよう」「同僚と一緒に勉強会を開こう」といった具体的な計画を立てている状態です。
この段階では、具体的な行動に向けたサポートを行うことが効果的です。上記の例であれば、ITツールの具体的な使い方を教えたり、ITツールのアカウントを発行したりといったサポートが考えられます。
第4段階:実行期
実行期は、実際に行動変容を開始し、新しい行動を取り入れ始めている段階です。
この段階における社員の特徴は以下の通りです。
- 具体的な行動変容を実践している
- 困難に直面しても、試行錯誤を続けている
- 必要に応じて、周囲へフィードバックを求める
例えば「新しいシステムを実際に業務で使い始めた」「提案型の営業スタイルを実践している」といった状態です。
この段階では、小さな成功を認めるなど、周囲から定期的にフィードバックを行うことが求められます。困難に直面している際には、行動変化が頓挫してしまわないよう、上司が適宜介入することも重要です。
第5段階:維持期
維持期は、新しい行動が習慣化し、2〜3週間以上の長期にわたって維持される段階です。
この段階の社員には、以下のような特徴が見られます。
- 新しい行動が日常的に定着している
- 自信を持って行動できる
- 周囲にも良い影響を与えている
- 元の状態に戻る誘惑と上手く付き合える
例えば、「新しいITツールを業務の中で自然に使っている」「後輩にもノウハウを伝えられる」といった状態です。
この段階では、継続的にモチベーションを維持してもらうための仕組みづくりが重要です。また、ロールモデルとして他の社員の変化を促す役割を担ってもらうのもよいでしょう。
社員の行動変容を促す研修を実施する方法
行動変容モデルについて簡単に解説しました。それでは、こうした行動変容モデルは実際の研修にどう活かせるのでしょうか。
行動変容モデルに基づいた研修を行うためには、研修の企画手順を工夫する必要があります。具体的には、以下の手順で研修を設計することがおすすめです。
- 研修のターゲットとなる社員を決める
- 社員がどの行動変容ステージにいるのか確認する
- 研修のゴールを明確化する
- 研修内容と研修方法を決める
- 効果測定の方法を決める
- 研修を実施し、PDCAサイクルを回す
ここからは、行動変容モデルを効果的に活用した施策の流れを解説します。
研修のターゲットとなる社員を決める
研修によって行動変容を実現するためには、まず研修のターゲットを絞ることが重要です。行動変容を促したい層はどこなのかを明確化しましょう。
なお、中には「特定のターゲットではなく、全社的な行動変容を促した」という場合もあるでしょう。こうしたケースでは、まずマネジメント層をターゲットとすることが効果的です。まずは影響力の高いマネジメント層をターゲットとすることで、効率よく全社的な施策を展開しやすくなります。
社員がどの行動変容ステージにいるのか確認する
次に、ターゲットとなる社員がどの行動変容ステージにいるかを把握しましょう。
以下のような方法を通じて、社員が現在どの段階に位置しているのかを把握してください。
- 社員本人に対するアンケート調査や面談
- 上司へのヒアリング
例えば、「新しい営業手法を定着させたい」という状況を考えます。このとき、社員本人へのアンケートで「新しい営業手法についてどう思いますか?」といった質問を投げかけましょう。次のような回答が寄せられれば、社員の現在の段階を判断できます。
- 「必要性を感じない」→無関心期
- 「興味はあるが実施は難しそう」→関心期
- 「試してみたいと思っている」→準備期
上司へのヒアリングも同様です。社員が行動変容に対してどの程度興味を持っているかを、客観的な視点から判断してもらいましょう。
研修のゴールを明確化する
現状を把握したら、研修のゴールを明確化します。まずは行動変容ステージにおけるゴールを決め、そこから具体的な目標へと落とし込んでいくのがポイントです。
研修の規模や期間にもよりますが、行動変容ステージにおけるゴールは、原則として現状の1〜2ステージ先をゴールにすることがおすすめです。例えば今が「無関心期」なら、研修のゴールは「関心期」や「準備期」がよいでしょう。
行動変容ステージにおけるゴールをも決めたら、具体的なゴールを決めていきます。例えばDXスキルを習得する研修では、目標となるステージごとに、以下のようなゴールが考えられます。
目標となるステージ | 具体的なゴール |
準備期 | DXの必要性を認識し、学ぶ意欲を持つ |
実行期 | 新ツールを実務で活用し、業務効率を10%向上させる |
研修内容と研修方法を決める
ゴールが決まったら、具体的な研修内容と研修の実施方法を決めます。
以下は、現在のステージに応じたアプローチの一例です。
現在のステージ | 効果的な研修内容 |
無関心期 | 講演で変化の必要性や成功事例を共有する業界動向や先進事例を紹介する |
関心期 | ワークショップで変化のメリット・デメリットを整理するハンズオンで小さな成功体験を積んでもらう |
準備期 | ワークショップで具体的な行動計画を立てるOJTで必要なスキルを習得する |
実行期 | 定期的に振り返りやフォローアップ研修を実施するコーチングやピアラーニングを実施する |
維持期 | 成功体験を共有してもらう メンターとして別のメンバーにノウハウを共有してもらう |
いずれのステージにおいても、講師が一方的に知識を伝達するだけにならないよう注意しましょう。ワークショップやOJTなどを積極的に取り入れながら、それぞれのステージに最適な方法を選択することが重要です。
効果測定の方法を決める
次に、行動変容研修の効果を測定する方法を決めましょう。以下のような効果測定方法が一般的です。
- 研修後のアンケート
- 研修後の上司に対するヒアリング
- 1on1面談
- KPIのモニタリング
行動変化に関わるKPIとしては、例えばDX研修ならITツールの導入率、営業研修なら成約率などが考えられます。上記のような方法を複数組み合わせて、定性的・定量的の両面から研修の効果を測定してください。
研修を実施し、PDCAサイクルを回す
行動変容を促す研修は、「一度実施して終わり」ではなく、継続的な改善が必要です。
以下のようにPDCAサイクルを回して、行動変容を定着させましょう。
Plan(計画) | 研修内容や方法の明確化 |
Do(実行) | 行動変容ステージに応じたサポートの実施 |
Check(評価) | 効果測定の実施 |
Act(改善) | 研修内容や方法の見直し |
行動変容モデルと越境学習の関係
越境学習は、ベンチャー企業やスタートアップ企業などへ3ヶ月〜6ヶ月程度のまとまった期間で留学し、マインド面での成長や新しい知識の習得を実現する人材育成手法です。
実は、越境学習は行動変容モデルに基づいたアプローチに役立てることができます。行動変容モデルの各ステージにおける越境学習の活用方法は、以下の通りです。
ステージ | 越境学習の活用例 |
無関心期から関心期へ | 異業種交流によって視野を広げる客観的な視点から変化の必要性を実感する |
関心期から準備期へ | 仲間と同じ課題に取り組み、変化に向けた葛藤を解消する |
準備期から実行期へ | 留学先で、小さな成功体験を積み重ねる実践的なコツを習得する |
実行期から維持期へ | メンターとしてノウハウを発信する |
行動変容モデルの各段階における越境学習の活用方法について、詳しく解説します。
無関心期から関心期へ
越境学習は、無関心期の社員を効果的に関心期へと移行させることができます。ベンチャー企業などの普段とは異なる環境で働くことで、変化の必要性を感じるきっかけをつかむことができるのです。
例えば、大企業の社員が越境学習に参加すると、「自社で1日かけて行う業務が、ここではITツールを駆使して15分で終わる」「自社ももっとスピード感を持たなければ」といった新鮮な気づきを得ることが多くあります。留学先で変化の必要性を実感するので、自然と関心期へと移行できるのです。
関心期から準備期へ
越境学習は、関心期の社員が準備期に進む上でも重要な役割を果たします。
関心期の社員は、「変わりたいけれど、どのように変わればいいのかわからない」と考えていることが特徴です。留学先で実際に物事が変化している様子を見ることで、具体的な行動を起こすイメージを膨らませることができます。
例えば、「データドリブンな営業手法へ切り替えたい」という課題意識があったとします。しかし、これだけではどのようにデータを営業へ活かせばよいのか実感が湧きません。
このとき、実際に留学先でデータに基づいた営業が実践されている様子を見ることで、変化に向けたイメージを膨らませることができるのです。
準備期から実行期へ
越境学習は、準備期の社員が実行期に進むときにも効果的です。
越境学習をきっかけとした実行期への移行は、以下の2パターンがあります。
- 留学先で変化を実践する
- 留学先での経験をもとに、自社で変化を実践する
例えば留学先のベンチャー企業で、「もっと積極的にコミュニケーションを取ろう」という意識が生まれたとしましょう。このとき、留学先でコミュニケーションを意識的に行ったり、自社へ帰任したあとで周囲とのコミュニケーションを強化したりできるようになれば、マインドの変化が実行期へ移行したといえます。
実行期から維持期へ
実行期から維持期へ移行する際にも、越境学習は効果的です。
人間が新しい行動を定着させるためには、ある程度のまとまった期間が必要です。越境学習では最低でも3ヶ月かけて他社へ留学するため、行動変容を自然と維持することも期待できます。
また、帰任後に越境学習の経験を活かせる業務へ取り組んでもらうことも、維持期へ移行するうえで効果的です。例えば越境学習で新規事業立案に取り組んでもらい、帰任後に自社で新規事業や経営に近いポジションに携わってもらうというパターンがあります。このようにすれば、越境学習で培った高い視座を自然と定着させ、維持することができるのです。
越境学習で行動変容を実現した事例
越境学習を通じて社員の行動変容を成功させた企業事例を紹介します。
株式会社アイシンのグループ人材本部 齊藤様は、100年に1回とも言われる自動車業界の抜本的な変化に対応するため、社員に「外を知り視点を変える」という経験をしてもらいたいと考えていました。
そこで着目したのが、弊社エンファクトリーが提供している「越境サーキット」です。越境サーキットでは、スタートアップ企業が抱えるリアルな課題に対し、3ヶ月を1タームとして取り組み、メンタル面・スキル面での成長を目指します。
越境サーキットの導入後、齋藤様は株式会社アイシンの目指す人材像にマッチする社員を育成する機会を提供できたと感じたそうです。実際、インタビューでは以下のようにお答え頂いています。
「他者の意見を積極的に聞くこと」や「試行錯誤しながら自分の意見を発言すること」において、明らかな変化が見られました。これは、越境学習をきっかけにできるようになったという成果だと思います。
越境学習を通じて、マインド面での行動変容を促すことに成功した事例といえます。
本事例について詳しく知りたい方は、以下のインタビュー記事をご覧ください。
越境サーキット導入企業インタビュー「越境学習が生んだ自発的な行動変化」
まとめ
本記事では、行動変容モデルの概要や、各ステージにおける社員の行動変容を促す具体的なアプローチについて解説しました。
行動変容には5つの段階がありますが、無関心期から維持期までの各段階において、社員の抱える課題は大きく異なります。人材育成施策を実施する際には、それぞれの段階に応じた適切なアプローチを選ぶことが重要です。越境学習を活用すると、どの段階でも効果的にステップアップを促すことができます。
ぜひこの記事を参考に、行動変容モデルに基づいた効果的な人材育成を実現してください。
越境学習プログラムについて、より詳しく知りたい方は以下より資料をダウンロードできます。