終身雇用が崩壊しつつある今、「バウンダリーレスキャリア」が脚光を浴びています。転職市場の活性化や働き方の変化に伴い、企業の枠を超えたキャリア形成について気になる人事担当者の方も多いのではないでしょうか。
この記事では、バウンダリーレスキャリアの定義や特徴、企業が支援するメリットについて詳しく解説します。越境学習によって社員のバウンダリーレスキャリアを支援する具体的な方法も紹介するので、ぜひ最後までお読みください。
目次
バウンダリーレスキャリアとは?
バウンダリーレスキャリアとは、業種や企業、職種といった「境界(バウンダリー)」にとらわれないキャリアを指します。人材の流動化が進みつつある昨今、ぜひおさえておくべき人事トレンドの一つです。
バウンダリーレスキャリアの定義や、注目されている背景を解説します。
バウンダリーレスキャリアの定義
バウンダリーレスキャリアとは、一言でいうと「境界のないキャリア」のことです。より具体的には、「組織や職種、業界などの境界を越えて、個人が自律的にキャリアを形成していく」という考え方を指します。
もともとは、アメリカの学者であるマイケル・アーサーとデニス・ルソーらによって提唱されました。両氏は1990年に発表した研究の中で、「雇用の流動性が高まる時代に必要なキャリアの考え方」として、バウンダリーレスキャリアの概念を導入しています。
これまで、メンバーシップ型雇用が主流の日本ではあまり知られてきませんでした。しかし、最近はジョブ型雇用への転換や転職市場の活性化といった時代の流れもあり、国内の企業でも徐々に注目されるようになっています。
バウンダリーレスキャリアが注目される背景
バウンダリーレスキャリアが注目される背景は、以下のように整理できます。
背景 | 具体的な変化 |
雇用環境の変化 | 終身雇用の崩壊ジョブ型雇用の浸透 |
仕事内容の変化 | 専門知識の高度化 |
働き方の多様化 | 副業や兼業の解禁、リモートワークの普及グローバル基準の働き方の浸透 |
この中でも、仕事内容の変化は特に重要な背景の一つです。最近では専門職を中心に、「複数の環境で経験を積む方が有利にキャリア構築できる」という考え方が広がりつつあります。やや極端な例ですが、シリコンバレーのエンジニアは「平均3年くらいで次の企業へ行くのがよい」とまで考えているそうです。
ここまで短期間でなくとも、最近では一生のうちに複数回の転職を経験することが珍しくありません。こうした時代の変化を受け、特に昨今の若い社員はキャリアに対する価値観も変化しつつあります。
社員の心をつなぎとめておくためにも、企業側がバウンダリーレスキャリアをしっかり理解しておくことが重要です。
従来のキャリア論との主な違い
バウンダリーレスキャリアと従来のキャリア論には、いくつかの大きな違いがあります。
両者の主な違いを簡単にまとめると、次の通りです。
従来型のキャリア | バウンダリーレスキャリア | |
キャリアの主体 | 会社が社員のキャリアを設計する | 個人が自らキャリア設計する |
キャリアの場 | 一つの組織内で構築する | 組織や職種を横断する |
成功の定義 | 組織内での昇進、出世 | 市場価値の向上、自己実現 |
雇用関係 | メンバーシップ型雇用(長期的な雇用を前提) | ジョブ型雇用(一時的な雇用が多い) |
両者の最大の違いは、これまでは「会社」側にあったキャリアの主体が、バウンダリーレスキャリアでは「個人」に置かれている点です。また、市場価値の向上や自己実現が重視される点など、キャリアに対する価値観も従来と大きく異なります。
企業はこうしたキャリア観の変化を踏まえた施策を打つことが重要です。例えば「社員の出世意欲を掻き立てるような人事施策」といった従来型のキャリアを想定した施策は、現在の若い層に響かないかもしれません。
以下のように、バウンダリーレスキャリアを意識した施策を取り入れることが効果的です。
- 自分の市場価値を高めるような経験を与える
- 自己実現に向けた支援を行う
バウンダリーレスキャリアの特徴
バウンダリーレスキャリアについて正しく理解するためには、その特徴について知ることが大切です。バウンダリーレスキャリアには、以下のような特徴があります。
- 会社や職種の枠にとらわれないキャリア形成を行う
- 個人のネットワーク構築が重視される
- リスキリングとも相性が良い
バウンダリーレスキャリアの特徴について、詳しく見ていきましょう。
会社や職種の枠にとらわれないキャリア形成を行う
バウンダリーレスキャリアの最大の特徴は、一つの会社や職種にこだわらず、幅広い経験を通じてキャリアを形成することです。以下のように、異なる業界や職種を経験しながらスキルを磨いていきます。
- メーカーのマーケティング部門からITベンチャーの事業開発へ
- ToB業界の営業からフリーランスのコンサルタントへ
上記のように会社や職種の垣根を飛び越えた経験を積むため、環境変化に柔軟に対応できる適応力が培われます。環境変化が激しい昨今において、バウンダリーレスキャリアが注目されるのはある意味自然な流れといえるでしょう。
個人のネットワーク構築が重視される
バウンダリーレスキャリアの特徴として、業界や職種を超えた幅広いネットワークの構築が重要になる点が挙げられます。
これまでは、会社が持つ人脈やネットワークを活用してキャリアを構築することができました。しかし、バウンダリーレスキャリアでは個人単位で積極的に人とつながることが重要です。
例えば、以下のような方法で個人のネットワークを構築できます。
- 副業やプロボノ活動を通じた異業種との交流
- 勉強会やイベントへの積極的な参加
- SNSなどを活用した交流や情報発信
上記のような機会を積極的に活用して自ら人脈を築くことが、バウンダリーレスキャリアの成功を握るカギとなるのです。
リスキリングとも相性が良い
バウンダリーレスキャリアは、リスキリングとも相性が良いです。
リスキリングとは、環境の変化に応じて柔軟に学び直し、新たな分野に挑戦することです。職種を超えたバウンダリーレスキャリアを築くためには、リスキリングが欠かせません。
例えば、マーケティング担当者がデータ分析のスキルを活かしてデータサイエンティストへ転身するためには、統計学やプログラミングの知識の習得が必要不可欠です。同様に、エンジニアがセールスエンジニアへキャリアチェンジするためには、営業力を身につける必要があります。
社員のバウンダリーレスキャリアを支援するメリット
バウンダリーレスキャリアは、企業担当者から「自社の人材流出を招くのでは」と敬遠されることがあります。本当に、企業は社員のバウンダリーレスキャリアを推奨するべきなのでしょうか。
結論から言うと、長期的に見ればバウンダリーレスキャリアは企業にとって多くのメリットがあるといえます。バウンダリーレスキャリアを推進することで企業が得られるメリットは、以下の通りです。
- 社員のキャリア自律を促進できる
- 業界の変化に強い人材を育成できる
- 組織のイノベーションを促進できる
- 離職した社員が自社に利益をもたらすこともある
ここからは、社員のバウンダリーレスキャリアを支援するメリットを解説します。
社員のキャリア自律を促進できる
バウンダリーレスキャリアを支援することで、社員一人ひとりのキャリア自律を進めることができます。
キャリア自律は、個人が主体的に自分自身のキャリアを構築することです。社員にバウンダリーレスキャリアの概念を伝えることで、社員は「会社に育てられる」という受け身の姿勢から、「自ら成長する」という能動的な姿勢へと変化します。
社員のキャリア自律が進めば、社員は自らのキャリアに責任を持つようになるでしょう。主体的に学ぶ社員が増えるため、組織全体の活性化につながります。
業界の変化に強い人材を育成できる
社員のバウンダリーレスキャリアを推進すると、業界の変化に強い人材を育成できます。
例えばバウンダリーレスキャリアの一環として、社員が副業でWebマーケティングを行っているケースを考えます。こうした社員は、最新のマーケティングトレンドや顧客ニーズの変化にいち早く気づくことができるでしょう。社員がこの知識を本業へ応用すれば、企業は「マーケティング業界の変化にいち早く対応できる」というメリットを享受できます。
社員が社外の知識を自社へ持ち寄ってくれるようになるため、社員個人としても業界変化に強くなりますし、ゆくゆくは組織全体としての変化適応力も向上するのです。
組織のイノベーションを促進できる
社員のバウンダリーレスキャリアを支援すれば、異なる業界や職種の経験を持つ人材が集まりやすくなり、イノベーションが生まれやすい環境が整います。
イノベーションを起こすためには、異なる業種や業界の知見を融合させることが必要不可欠です。バウンダリーレスキャリアによって人材の流動性が高まれば、こうした異業種との「融合」を起こしやすくなります。
自社に閉塞感がある場合や、成長が頭打ちになっている企業では、バウンダリーレスキャリアを推進するメリットが特に大きいです。
離職した社員が自社に利益をもたらすこともある
バウンダリーレスキャリアを促進すると、社員の離職が発生することもあります。しかし長い目で見れば、これは必ずしも企業にとってマイナスではありません。
例えば、離職した社員は以下のような形で自社へ貢献してくれるでしょう。
- 取引先企業の担当者として良好な関係を築く
- 自社製品・サービスのファンとして情報発信する
- 人材紹介や事業提携の橋渡し役となる
ちなみに、このような離職者によるネットワークは「アルムナイ(卒業生)ネットワーク」とも呼ばれています。コンサルティング業界など人材の流動性が高い一部の企業では、当たり前のようにアルムナイ制度が用意されていることも多いです。
バウンダリーレスキャリアの推進は、こうしたアルムナイネットワークの強化にもつながります。
バウンダリーレスキャリアの実現には越境学習が効果的
越境学習とは、スタートアップ企業やベンチャー企業などに、3ヶ月から6ヶ月程度の期間で留学し、新しい経験を積んでもらう人材育成手法です。
越境学習は、バウンダリーレスキャリアを実現するうえで大いに役立ちます。ここからは、越境学習とバウンダリーレスキャリアの関係性について解説します。
社員が自分自身のキャリアを意識するきっかけになる
越境学習は、社員が自身のキャリアを客観的に見つめ直す絶好の機会です。越境学習に参加した社員は、自分の強みや市場価値、将来のキャリアパスについて考えるきっかけを得ることができます。
具体的には、越境学習の経験を通じて以下のような自覚を促すことができるでしょう。
- 自分のスキルが他社でどこまで通用するのか
- 自分にはどのようなキャリアの選択肢があるのか
- 自分が大切にしたい価値観は何か
上記のように社員が自分のキャリアを見つめ直すようになれば、社員のキャリア自律が促進されます。結果として、「より幅広い経験を積みたい」「もっとさまざまなことに挑戦したい」といった、バウンダリーレスキャリアの実現に向けた意欲を掻き立てることができるのです。
異なる環境での経験で変化への対応力が養われる
越境学習では、スピード感や事業変化への対応力を鍛えることができます。
ベンチャー企業やスタートアップ企業に留学すれば、以下のような環境の違いを直接体験することが可能です。
大企業 | ベンチャー・スタートアップ企業 | |
カルチャー | 安定性を重視 | 変化や成長を重視 |
意思決定 | 段階的で時間がかかる | スピーディー |
業務の進め方 | 確立されている | 試行錯誤を重ね、柔軟に対応する |
一人の業務範囲 | 狭い、専門的 | 広い、多機能的 |
例えばベンチャー企業では、一人でエンジニアからセールスまでの幅広い業務を担っていることがあります。こうした環境で業務を経験することで、リスキリングの必要性や、逆に本業で高い視座で物事を見ることができるようになるでしょう。
こうした経験が自信になり、バウンダリーレスキャリアの推進につながることが多いです。
組織に新しい風を吹かせることもある
越境学習はバウンダリーレスキャリアを推進するため、イノベーションを起こしやすい組織風土を整えることにもつながります。
越境学習の留学先となるベンチャー企業では、「リソースが限られた中での創意工夫」や「スピード重視の意思決定」などが徹底されていることが多いです。越境学習を通じてこれらのノウハウを吸収できれば、帰任後に以下のような行動が期待できます。
- 意思決定や会議の効率化に向けた提案をする
- 市場ニーズを的確に踏まえた企画を立案する
- アジャイル開発などの新たな手法を導入する
上記のような取り組みが進めば、組織全体にベンチャー企業のような若い風土が生まれます。その結果、組織の閉塞感が打破され、イノベーションが起こりやすい環境が整うのです。
まとめ
バウンダリーレスキャリアについて、定義やメリットを解説しました。
バウンダリーレスキャリアは、組織や職種の境界を越えて自律的にキャリアを構築する考え方です。一見すると人材流出を進めてしまうようにも思えますが、人材の流動性が高まっている昨今では、企業にとってのメリットも大きい考え方です。
越境学習に取り組めば、社員のバウンダリーレスキャリアを効果的に促進できます。
ぜひ積極的に取り入れながら、社員のバウンダリーレスキャリアを推進してください。
越境学習プログラムについて、より詳しく知りたい方は以下より資料をダウンロードできます。