DXやグローバル化が進む昨今、アンラーニングが多くの企業から注目を集めています。アンラーニングは変化に強い組織を作るうえで重要な取り組みですが、正しく実践できている企業は少ないのが現状です。
この記事では「なんとなくアンラーニングという言葉は知っているが、いまいちピンとこない」という人事担当者の方に向けて、アンラーニングの意味や具体例、実践方法をわかりやすく解説します。
アンラーニングに取り組んだ企業事例も紹介するので、ぜひ人事施策に役立ててください。
目次
アンラーニングとは?
アンラーニングとは、これまで身につけてきた知識や経験、思考の枠組みを意識的に手放し、新たな学びを受け入れることです。
東京大学教授の柳川氏らは、著書『Unlearn(アンラーン)』の中で、アンラーニング(アンラーン)を次のように定義しています。
「アンラーン」は、「学び」の否定ではありません。知識や経験をよりよく活かすためには、「思考のクセ」からの脱却が必要です。そのプロセスこそが、「アンラーン」です。
(柳川 範之・為末 大『Unlearn(アンラーン)』 23ページより抜粋)
単に知識を忘却したり学びを怠ったりするのではなく、自分の中にある前提や思い込みを見直し、新しい環境や状況へ積極的に適応することがポイントです。
身近なところでは、例えば料理をするときの思い込みが挙げられます。例えば、あるレシピで作ったカレーが美味しければ、多くの人は次からも同じレシピでカレーを作るでしょう。
しかし、毎回同じ作り方で調理し続けていると、より美味しい他のレシピの存在に気がつくことができません。あえて一度覚えたレシピを一旦忘れることで、初めて今までよりも優れたレシピに気づく可能性があります。これが、アンラーニングの目指すところです。
昨今では、DX化やグローバル化に伴って、過去の成功体験を踏襲するだけでは対応しきない場面が増えてきています。過去の成功体験にとらわれないためにも、アンラーニングは重要な取り組みなのです。
アンラーニングとリスキリングの違い
アンラーニングは、リスキリングと混同されることが多いです。
アンラーニングとリスキリングは、どちらも新たな時代に対応するための人材育成手法ですが、その目的や対象は大きく異なります。両者の違いは以下の通りです。
アンラーニング | リスキリング | |
内容 | 既存の思考や行動パターンを手放す | 新たなスキルを習得する |
目的 | 変化への適応力を高める | 職種の変更、転職 |
範囲 | スキル、知識、マインドなど幅広い | 特定のスキル |
アンラーニングは既存の思考や行動パターンを手放す取り組みであるのに対し、リスキリングは「新たな『スキル』を修得する」取り組みです。アンラーニングに比べると範囲も限定的で、思考の変化というよりは特定のスキル修得を目指します。
アンラーニングはリスキリングよりも取り組む範囲が広く、リスキリングの土台になっていると考えておきましょう。
アンラーニングが求められる背景
アンラーニングは、昨今さまざまな場面で注目を浴びている人材育成手法です。実際、パーソル総合研究所が2022年に実施した調査では、全国の20〜59歳の正社員のうち約50%が、これまでに何らかのアンラーニングを経験していることが分かっています。
アンラーニングがここまで注目されている背景は、以下の4つです。
- デジタル技術の進化
- ビジネスモデルの変化
- ビジネス環境のグローバル化
- 働き方の多様化や価値観の変化
最近ではAIやビッグデータなどの新しい技術の台頭によって、これまでの仕事のやり方が根本から変わりつつあります。また、SaaSなどの新しいビジネスモデルも登場しました。こうしたテクノロジーの変化に対応したビジネスを行うためには、10年前、20年前の成功体験を一旦忘れることが重要です。
加えて、ここ数年では政府が働き方改革を後押ししていることもあり、働き方や仕事への価値観も大きく変化しています。特に「Z世代」と呼ばれる1990年半ば〜2000年代生まれの社員は、それより上の世代と異なる価値観を持つ人も少なくありません。
アンラーニングを行わないまま過去の成功体験をなぞり続けると、こうした時代の変化に対応できず、会社全体が市場へ立ち遅れてしまう可能性があるのです。
参考:リスキリングとアンラーニングについての定量調査(パーソル総合研究所)
アンラーニングのメリット
アンラーニングには、多くのメリットがあります。ここでは、アンラーニングがもたらす効果について詳しく解説します。
組織全体が変化に強くなる
アンラーニングの最大のメリットは、変化に強い組織を作ることができる点です。
ここで、「アンラーニングは個人で進めるものではないのだろうか?」と思った方もいらっしゃるでしょう。
実はもともとアンラーニングは、組織単位で風土改革やルーティンの脱却を目指す取り組みで、アカデミアの研究でも「アンラーニングはチームの取り組みである」という考え方が主流でした。それが近年になって、個人単位でもアンラーニングが可能だと言われるようになったという経緯があります。
アンラーニングを組織文化として定着させると、組織全体として変化に対する適応力が高まります。固定観念にとらわれない柔軟な思考を持つ社員が増えることで、市場環境の変化や新たな競合の参入などの予測困難な状況にも的確に対応できるようになるのです。
企業の競争力を維持するために、アンラーニングは必要不可欠な取り組みといえます。
新たなキャリアの可能性を切り開ける
アンラーニングによる第二のメリットは、社員のキャリアの可能性を広げられることです。固定観念や思い込みを手放すことで、これまで自分では考えもしなかったキャリアパスや職種へ挑戦できるようになります。
IT部門からマーケティング部門、製品開発から営業など、アンラーニングによって大きなキャリアチェンジに成功した例は数多いです。そもそも、入社の段階で配属された職種や部門が、自分のポテンシャルを最大限に発揮できる環境かどうかはわかりません。また、配属段階では最適な選択だったとしても、その後の変化によって現在ではさらに適した選択肢が生まれている可能性もあります。
アンラーニングによって自分の可能性を狭めている思い込みを取り払うことで、「自分には向いていない」「もう遅い」といった思い込みから解放され、自分が今まで以上に活躍できる場を見つけることができるのです。
社員の意識改革ができる
アンラーニングの第三のメリットは、社員の意識改革に貢献する点です。
社員の中には、変化をできる限り避けようとしたり、変化の必要性に対して見て見ぬふりをしたりする人もいます。特に中堅・大企業では過去の成功ノウハウが蓄積されているため、これまでの成功体験へ過度に依存している人が少なくありません。
しかし変化の激しい現代では、過去を踏襲するだけでイノベーションを生み出すことは困難です。アンラーニングによって「当社では昔からこうやってきた」という慣習や固定観念を棄却することで、変化を受け入れる企業風土を醸成することができます。
アンラーニングを促すには?実施方法を解説
アンラーニングを実践するためには、以下の3ステップが必要です。
- 批判的内省を行う
- 思考パターンの取捨選択を行う
- 学ぶ
ここからは、アンラーニングを促すための具体的な方法を3つのステップに分けて解説します。
ステップ1:批判的内省を行う
アンラーニングの第一歩は、自分自身の思考や行動パターンを客観的に見つめ直すことです。
青山学院大学の松尾睦教授は、アンラーニングには「批判的内省」が大きな影響を与えると指摘しています。単に自分の仕事や経験を「内省」するだけでなく、自分の中で当たり前と考えている価値観や思考の枠組みを客観的に捉え直すことが重要です。
以下のような取り組みを通じて、自分がどのような価値観を持っているか明らかにしましょう。
- 「なぜそう思うのか?」という問いを繰り返す
- 自分の判断や行動の根拠を言語化してみる
- 過去の成功体験とそこからの学びをリストアップする
これらを実現するための具体的な人事施策としては、メンタリング制度やコーチング制度がおすすめです。他者からの客観的なフィードバックを通じて、自分だけでは気づきにくい固定観念を発見することができます。
また、業務日誌やリフレクションシートなどを活用して、定期的に自分の思考を振り返る習慣をつけてもらうことも効果的です。日々の小さな「気づき」を積み重ねてもらい、アンラーニングに向けた一歩を踏み出しましょう。
ステップ2:思考パターンの取捨選択を行う
内省を通じて自分の思考や行動パターンを把握したら、次は何を手放し、何を残すかを見極める必要があります。
この段階では、スキルや知識を以下の3つに区分してみてください。
分類 | 対応 | 具体例 |
時代遅れになったもの | 積極的に手放す | 紙ベースの業務方法など |
普遍的なもの | 維持する | 論理的思考力、コミュニケーション能力 |
新たに獲得すべきもの | 優先的に学ぶ | データ分析、デザイン思考 |
このうち、1つめの「時代遅れになったもの」はアンラーニングにおいて忘れる対象に、3つめの「新たに獲得すべきもの」は次ステップで新しく学ぶ対象になります。上司との1on1ミーティングやメンタリング制度、コーチング制度などを活用しながら、社員による思考の取捨選択をサポートしてみてください。
ステップ3:学ぶ
アンラーニングの3つめのステップは、新たな知識や思考法を積極的に学ぶことです。
ここでは、インプットとアウトプットの両面を意識してみてください。それぞれの具体例は、以下の通りです。
具体例 | |
インプット | 研修やワークショップへの参加eラーニングの実施 |
アウトプット | これまでとは違う業務内容に挑戦する新しいプロジェクトにジョインする越境学習へ挑戦する副業する |
上記以外にも、日常の小さな行動を変えることが学びにつながるケースもあります。
例えば、専門外や業界外の人と積極的に話すようにすれば、自分とは違う「当たり前」に気づくことができるかもしれません。これまでと同じ業務に取り組むときも、用いるツールを変えてみる、手順を変えてみるといった小さな変化が、思いもよらない学びをもたらす場合もあります。
参考:柳川 範之・為末 大『Unlearn(アンラーン)』
アンラーニングの注意点
組織でアンラーニングを進める際には、いくつかの注意点があります。
ここでは特に重要な2つの注意点について、対策方法も交えながら解説します。アンラーニングの効果を最大化するために、ぜひ意識しておきましょう。
チームで足並みを揃える
アンラーニングを進める際は、組織の中で連携しながら進めることが重要です。
一部のメンバーだけで仕事の進め方を変えると、組織内の足並みが乱れることがあります。例えば事前調整なしに書類のデジタル化を行った場合、セキュリティに厳しい事業部門から反発を招く可能性があるでしょう。営業部門で一部の若手社員だけが勝手に営業スタイルを変えた場合、チームの一体感が損なわれる可能性も否めません。
チームで足並みを揃えるためには、以下の対策が必要です。
- 部門間でのコミュニケーションを活性化する
- チーム全体でアンラーニングについて考える機会を設ける
- 経営層と現場でビジョンを共有する
チーム全体でアンラーニングの必要性を共有し、「なぜ変わる必要があるのか」「変わるならどのように変わるのか」という点について共通認識を持つことが大切です。経営層が旗振り役となって、アンラーニングを積極的に進める姿勢を示すのもよいでしょう。
モチベーションを保つ
アンラーニングを行う際には、モチベーションを保つ工夫が必要です。
アンラーニングは、一般的に心理的なハードルが高いと言われています。長年培ってきた知識や経験が「役に立たない」と感じた場合、モチベーションの低下や自己肯定感の喪失につながるリスクも否めません。
モチベーションを損なわないためには、以下のような対策が有効です。
- ロールモデルとなる事例を共有する
- 成功体験を積み重ねる
- 過去の経験を否定しない
すでにアンラーニングに成功した社員がいる場合には、座談会や講演などの機会を使って、その事例を共有してみてください。小さな成功を褒める、過去の経験を否定しないようにするなど、上司の関わり方も重要です。
アンラーニングと越境学習の関係
越境学習は、ベンチャー企業やスタートアップ企業へ3〜6ヶ月程度留学し、留学先の企業が直面する課題解決へ取り組む人材育成の手法です。
普段と全く異なる環境で業務へ取り組み、半ば「強制的に」自己を見つめなおすことができる越境学習は、アンラーニングにおすすめな方法の一つです。ここからは、アンラーニングと越境学習の関係性や、効果的な実践方法について解説します。
人間の成長の70%は状況変化がきっかけ
人間が成長するきっかけは、主に「環境変化」「他者からの影響」「書籍や研修」の3つです。
米国の研究機関であるロミンガー社の研究によると、この3つは以下の割合で成長に寄与します。
きっかけ | 割合 | 具体例 |
環境変化 | 70% | 配置転換、昇進、越境学習 |
他者からの影響 | 20% | 同僚や上司、部下からの刺激 |
書籍や研修 | 10% | 読書や研修への参加、eラーニング |
※参考:ロミンガーの法則(ロミンガー社が提唱)
3つの中で最も大きな割合を占めるのが、1つめの「環境変化」です。環境変化では新しい人からさまざまな影響を受けますし、書籍や研修のように「一度やったら終わり」というものでもありません。
アンラーニングでも、同様に環境変化が最も大きな割合を占めると考えられます。意図的に「異なる環境」に身を置くことが、アンラーニングを促進する最も効率的な方法なのです。
越境学習は環境変化を起こすのに効果的
ベンチャー企業やスタートアップ企業での越境学習は、今までと異なる環境ヘ身を置くのにうってつけの方法です。3ヶ月以上のまとまった期間で自社とは全く異なる文化や業務に触れるため、以下のような効果が期待できます。
- 価値観が再構築される
- ゼロベースの思考が身につく
- 自社の「当たり前」を客観視できる
アンラーニングを研修やワークショップだけで進めようとすると、どうしても特定の知識やスキルを身につけることばかりが目的になり、単なるリスキリングに陥りがちです。
越境学習では、ベンチャー企業やスタートアップ企業で働くさまざまな人と触れ合う機会があります。現在の環境を離れ、半ば強制的に新しい環境に身を置くことで、新たなスキルの修得はもちろん、研修ではおざなりにされがちなマインド面や価値観の変化も含む、大きな成長を期待できるのです。
アンラーニングの実践事例
ここからは、越境学習を用いてアンラーニングを実践した事例を紹介します。越境学習の具体的な進め方にご興味がある方は、ぜひ参考にしてください。
なお、越境学習プログラムを専門に提供する株式会社エンファクトリーでは、これまで累計250社7,000名の人材育成を支援してまいりました。
下記の事例を読んで越境学習にご興味を持たれた方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
既存の価値観にとらわれない俯瞰的な視点を身につけた事例
株式会社パルコの高石様は、「少しでも早く自社以外の世界を知っておいた方がいい」という思いから、弊社エンファクトリーの実施する複業留学への参加を決めました。
普段は法務を担当している高石様ですが、複業留学中には商品のPR戦略を考える業務に取り組んでいます。当初はサービスの訴求方法がわからず苦労しましたが、留学先の社長の考え方に直接触れる中で、徐々に方針が定まっていったそうです。
留学中には、自社にはいないさまざまな人材と触れる機会があったことで、相手のことを俯瞰的に考えて発言する習慣が身につきました。インタビューでは、以下のようにお答え頂いています。
今回の複業留学を経て、相手のことを俯瞰的に考え発言をするよう心掛けるようになり、自分の価値観や既存の方法に囚われず、この人はなぜそれがいいと思ったのか、確かにこちらの方が効率的だなどと考えるよう心掛けるようになりました。
越境学習を経て、マインドや価値観に大きな変化が生まれた成功例です。本事例の詳細は、以下のページから詳しくご覧いただけます。
複業留学体験レポート「自分の価値観や既存の方法に囚われず、俯瞰的に考えて発言するようになった」 | 越境学習のご案内
固定観念を打破し、前向きな姿勢を獲得した事例
株式会社オリエントコーポレーションの滝澤様は、普段金融商品の営業を行っています。普段の業務に取り組む中で、自分に「『やっても無駄だろう』という固定概念がある」と課題感を抱いていたことをきっかけに、エンファクトリーの実施する越境学習へ参加しました。
本事例では、留学先で商品販売や広報活動、SNS運用など幅広い業務にチャレンジしていただいています。留学先で活き活きと働くスタッフの姿に触れ、上司が部下の仕事を「頑張っているね」と褒める姿が印象に残ったそうです。
留学先での雰囲気づくりの素晴らしさを学び、留学後の姿勢にも前向きな変化が現れています。
──複業留学での経験を今後どのように活かしていきたいですか?
角度を変えてやっていくことです。営業をしていると、どうしてもキーマンは1人だと決めて攻めてしまいがちなのですが、違う方向から攻めていくとうまくいくこともあるのではないか、と思うようになりました。(中略)
あとは話しかけやすい雰囲気とか聞いてくれる雰囲気づくりですね。複業留学先では皆さん真摯に対応されていて、活き活きしていました。
これまでの固定概念を取り払い、帰任後の仕事の姿勢にもポジティブな影響が生まれました。本事例の詳細は、以下のインタビュー記事からご覧いただけます。
複業留学体験レポート「“やっても無駄だろう”の固定観念を打破し、前向きに考え働けるようになった」 | 越境学習のご案内
まとめ
変化の激しい現代では、「学び続ける力」と同じくらい「学びを手放す力」も重要です。この記事で解説したアンラーニングは、先の見通しづらいVUCA時代にぴったりの考え方といえます。
アンラーニングを効果的に実践するためには、批判的内省、取捨選択、そして新たな学びという3つのステップを踏むことが重要です。特にベンチャー企業やスタートアップ企業での越境学習は、アンラーニングを促進する絶好の機会となります。
ぜひアンラーニングを積極的に推進して、組織と個人の成長につなげましょう。