「リーダーシップ研修は毎年きちんと実施している。それでも現場のマネジャーの振る舞いは一向に変わらない」。
次世代リーダー育成を担う現場では、こうした「手応えのなさ」はよくある課題です。社内に十分な実践機会がなく、異動や出向は調整が難しいという悩みを抱える企業も多いでしょう。
エンファクトリーでは2026年7月29日、株式会社チームボックス 代表取締役COOの瀬田千恵子氏をお迎えしたウェビナーを開催しました。瀬田氏は成人発達理論をもとにリーダーの変容を描いた著書『完璧なリーダーをやめたら、人と組織が動き出した 成人発達理論によるオーセンティック・リーダーシップ』を2026年6月に出版しました。
講演と対談の模様から、リーダーが完璧さを手放すことで人と組織が自律的に動き出すメカニズムを解き明かします。
目次
【第1部・講演】「完璧なリーダー」を手放したとき、人と組織はなぜ動き出すのか
瀬田氏は冒頭、参加者に問いを投げかけました。
「あなたの職場には、こんなリーダーはいませんか」。
いつも答えを持っていて優秀であり、責任感が強く、いつも正しいことを言う、誰が見ても申し分のないリーダー像です。
ところが瀬田氏は、こうしたリーダーのもとではメンバーが育ちにくいと指摘します。
なぜ「完璧なリーダー」のもとでメンバーは育たないのか
瀬田氏が指摘する、完璧なリーダーのもとでメンバーが育ちづらい理由について深堀りしていきましょう。
「正解を知るリーダー」から「ともに学び続けるリーダー」へ
かつては情報が上司に集まり、成功パターンを再現すれば成果が出ました。リーダーの役割は「答えを教える人」であれば十分でした。
しかし現代のAIは数秒で答えを出しますし、変化の早い現代では昨日の成功が今日の失敗にもなりえます。価値観も働く意味も一人ひとり異なるため、ひとつの正解では人は動きません。
瀬田氏は、2026年5月の人材育成の国際カンファレンスATDでリズ・ワイズマン氏が語った「Leader in the dark」という言葉を紹介しています。この言葉は、「リーダー自身も暗闇の中にいて、そこからメンバーとともに抜け出そうとすることが、今のリーダーの仕事だ」ということを示しています。
その土台になるのが「知的謙虚さ(インテレクチュアル・ヒューミリティ)」。「私はまだ知らない。もっと学べる。他者からも学べる」と思える姿勢です。最近注目されている「アンラーニング」も、この姿勢が先にないと起こり得ません。
「指示待ち」を生み出す「正解主義の悪循環ループ」
「なぜ現場では今でも多くのメンバーが指示待ちになるのか」という問いに対し、瀬田氏はメンバーが考えていないのではなく、「考えなくても良い状態」が作られているのだと答えました。
リーダー側には「絶対に失敗させたくない」「自分が責任を負わねばならない」という強い焦りや責任感があります。一方、メンバー側には「間違えて怒られたくない」「自分で判断するより上司の正解に合わせた方が安全だ」という保身や心理的防御の本音が存在します。
リーダーは善意からすぐ答えを提示し、細かく指示して先回りしがちですが、その姿を見たメンバーは「自分で考えて動くより指示を待つ方が安全で合理的だ」と学習してしまいます。
こうして、「リーダーが抱え込んで答えを出すほど、メンバーは思考を停止して指示を待つようになり、それを見たリーダーが『やはり任せられない』とさらに抱え込む」という、互いの本心が裏目に出る悪循環ループが回り始めてしまうのです。
完璧主義のパラドックス:「頼られるリーダー」と「人を育てるリーダー」の違い
このように、リーダーの優秀さと完璧さが、皮肉にも組織の自律性を奪う要因となってしまいます。
瀬田氏はこれを「完璧主義のパラドックス」と呼びます。瀬田氏ご自身も、かつては「誰よりも準備をし、答えを持ち、弱さを見せない」ことで評価されていたため、それが成功パターンとして深く染み付いていたといいます。
「相談が多いのは信頼されている証拠だ」「自分がいなければ仕事が進まないことが自分の価値だ」。
ところが答えを出し続けるほど周囲は上司である自分の正解を探すようになり、相談は多くてもメンバー自身の判断は減っていました。
「頼られるリーダー」と「人を育てるリーダー」は同じではないのです。
リーダーの内面が変わると組織はどう変わるのか
それでは、今の時代にはどのようなリーダー像が求められているのでしょうか。瀬田氏の指摘する「インナーリード」について、詳しくご紹介します。
弱さや不確かさと向き合う勇気が、組織文化に変革を起こす
リーダーとしての限界を感じたとき、瀬田氏は「完璧でなければならない」という思い込みを手放すことにしたといいます。
瀬田氏はこれを「鎧を脱ぐ」と表現しています。これは、単に弱くなるということではなく、分からないことを「分からない」と言い、「助けてほしい」と伝えることです。研究者のブレネ・ブラウン氏も、勇気あるリーダーシップを妨げるのは恐れそのものではなく、「恐れから身を守るために着けた鎧」だと語っています。
転機は、ある年上のベテラン部下との関わりでした。「思い込みが大した問題ではない」と思えるようになったことで、周囲に頼れるようになると、関わり方が難しいと感じていたそのベテラン部下の方が支えてくれるようになったといいます。
リーダーの見方が変わると、ドミノ倒しのように周囲のメンバーの行動へ、そして組織文化へと波及していくのです。
成果を生み出すアウターリードを支えるのが「インナーリード」
どう伝えるか、どう任せるか、どうフィードバックするかといった外側への働きかけを、瀬田氏は著書の中で「アウターリード」と呼びます。
しかしその手前には、自分の内側をリードする「インナーリード」が必要です。これは、「なぜ答えを急いでしまうのか」「なぜ人に任せることが怖いのか」といった自分の恐れや思い込みに気づき、本当に取りたい行動を選び直す力のことです。
瀬田氏は、「インナーが主でアウターが従だ」という順序を繰り返し指摘しました。傾聴のスキルや1on1の型をいくら伝えても、「任せたら失敗されるのが怖い」という恐れが解消されていなければ、リーダーは負荷がかかった瞬間に元のやり方へ戻ってしまうためです。
「世界の見方」を育てるオーセンティックリーダーシップの4要素
リーダー育成では、理論を理解しておくことも重要です。人の成長には、以下の2方向があります。
- 水平的・量的成長(スキルを増やす)
- 垂直的・質的成長(スキルを扱う器を広げる)
カート・フィッシャー氏のダイナミックスキル理論では、能力は個人の中に固定されているのではなく、人や課題、環境、関係の中で発揮されると考えます。同じリーダーでも余裕があれば話を聞けるのに、不安が高まると細かく指示してしまうのはそのためです。
続いて瀬田氏は、オーセンティックリーダーシップにおける以下の4要素も示しました。
- 自己認識
- 内面化された道徳的視点
- 関係性の透明性
- バランスの取れた情報処理
これらの4要素は、著書において「自分を知る」「自分の軸を持つ」「自分を隠しすぎない」「異なる意見にも開かれる」とそれぞれ表現されています。
第1部は、このメッセージで締めくくられました。
真のリーダー育成とは、この4つの要素に代表されるような「世界の見方」を育てることなのです。
【第2部・対談】越境学習を「行動変容」と「組織変革」につなげる方法
第2部ではエンファクトリー代表の加藤が加わり、参加者からの質問に答えながら、第1部の理論を人事施策としてどう設計するかが議論されました。
専業禁止を掲げるエンファクトリーが提供する「リーダー留学」とは
エンファクトリーは「生きるを、デザイン。」を掲げ、15年前から人材ポリシー「専業禁止!!」を打ち出しています。
対談の中で、加藤はリーダー育成について次のように言及しました。
経営者目線で見てほしいと言われても、メンバーからすれば「そんなん知らんがな」という話です。いちばん手っ取り早いのは、何でもいいから自分がプチ経営者をやってみることなんですよね。
「リーダー留学」は、本業を週4日続けながら、週1日だけベンチャー・中小企業の経営に参画するプログラムです。
期間は3~6か月、月10~30時間が目安で、次のような特徴があります。
- 経営層へ実践的な「経営領域・戦略的プロジェクト」への参画
- 300社を超える受入企業からのオーダーメイドなミッション設計
- 部下への権限移譲の実践
本業と並行できるため、帰任後のポスト確保に悩まずに済む点も、異動や出向にはないメリットといえます。
【事例】次期役員候補が経営者の覚悟に触れた、某精密機器メーカーの挑戦
当日は、次世代幹部人材候補向けにリーダー留学を導入した某精密機器メーカーの事例が紹介されました。対象は各事業部の責任者を務める50歳前後の部長職12名、選抜型で期間は6か月(月16時間程度の活動)です。
越境前の課題:成功体験から脱却できない既存のリーダー像
同社の育成プログラムは、もともと手薄ではありませんでした。マネジメント、サービス経営、組織変革、経営シミュレーションといった経営スキルのインプットに加え、リベラルアーツまで組みこまれています。
しかし、これらのプログラムには「予定調和ではない場での実践」が不足していました。社内では、これまでの成功体験も会社の看板もそのまま通用してしまいます。参加者からは「新しいチャレンジや外部との接点がなくなっていた」という声も挙がっていました。
越境中の変化:アウェイな環境で経営者の覚悟に触れた気づき
ある部長職は、XRコンテンツを手がけるスタートアップ企業へ越境しました。ミッションは上場に向けた組織変革の提案と人材組織風土の言語化です。最初の2か月は事業理解と課題分析、3か月目からは新規事業のブレストと約30名へのヒアリング、終盤には経営課題に対する7つの提案をまとめました。
参加者の言葉には、次のように現場での手触り感があらわれています。
- 「資金調達や投資家への説明など、経営者の覚悟を肌で感じることができた」
- 「とにかく意思決定から実行までのスピードが違う」
- 「キャッシュが回らなければ企業は倒産に追い込まれる」。
変化をよく表しているのが、「エフェクチュエーション」の考え方を体感したという気づきです。これは、潤沢な資源を前提に計画を組むのではなく、手元に何があり、現実的に何をしていくのかを考える発想を指します。目的から逆算することに慣れた部長職にとっては、思考の順序そのものを組み替える経験になりました。
なお、「エフェクチュエーション」の詳細は次の記事で詳しく解説しています。
【事例あり】エフェクチュエーションとは?イノベーションを生み出す企業風土に変えるための新しい行動変容アプローチについて解説
帰還後の成果:自律的な行動変容と周囲へのポジティブな波及
帰還後、参加者からは「企業経営の参謀として自分事として参画したことが、経験や能力向上の鍛錬につながった」という振り返りが出ています。
この事例では、副次的な効果もありました。ある部長は、越境の時間を捻出するため、自分が担っていた業務の一部を課長に委譲しました。当初、課長は逐一確認しながら進めていたそうですが、途中からは確認なしで自ら判断し、自走するようになったといいます。部長は「課長の成長を確認することができた」と語っています。
これは偶然ではなく、プログラムの狙い通りの結果です。リーダーが週1日席を空けることは、部下にとってストレッチアサインメントの絶好の機会になります。上が「余白」をつくることで、下に判断の機会が生まれるのです。
第1部で語られた悪循環のループが断ち切られ、一人の越境が二人分の成長を生んでいます。
なぜ越境学習は個人の成長と組織変革を促進するのか
加藤は、人が変わるきっかけを「自分自身が、自分を裏切る経験」だと表現します。
越境学習には2つの特徴があります。ひとつは、「扱うのがリアルな課題」であることです。ケーススタディではないため予定調和がなく、自分が関わらなければ何も進みません。
もうひとつは、「影響力を行使する難易度の高さ」です。看板の通じない場所で人を巻き込むのは骨が折れるからこそ、新しい自分に出会うことができます。
瀬田氏は対談の中で、「いかに偶発性を起こすか」という観点からこれに答えています。同じ環境にいる限り、思ってもみない経験はなかなか起こりません。能力は環境と関係の中で発揮されるというダイナミックスキル理論が、そのまま越境学習の取り組みの中に内包されているのです。
自分の在り方に気づけないリーダーに、人事はどう働きかけるのか
当日は、参加者から多くの質問が寄せられました。例えば、次のような内容です。
自分が頑張る、孤軍奮闘するが過度となり、結果として組織とチームが崩壊する事例を多々目撃しています。人事側としてそういうリーダーを外から変えていく働きかけの機会は作れるのでしょうか。
瀬田氏はまず、自己認識が鍵になると答えます。自身の成功体験ややり方に絶対の自信を持っているような「I love me型」のリーダーほど、自省(内的自己認識)だけでは自身の思い込みや着込んでいる「鎧」に気づくことができません。
必要なのは、他者からどう見えているかという「外的自己認識」の視点です。「人は毎日鏡を見て仕事をしているわけではないので」という瀬田氏の言葉通り、客観的なフィードバックが不可欠となります。
人事が仕掛けられる第一歩は、360度評価やストレスチェックといった、外から自分を見るための鏡を用意することです。ただし結果の受け取り方は本人次第ですし、回答するメンバーのリテラシーにも左右されます。
そのうえで瀬田氏が挙げたのが、コーチングの活用です。自力で気づくことが難しいリーダーにこそ、客観的な問いやフィードバックを投げられる第三者を意図的に配置することが効果的です。
制度を整えるだけでなく、リーダーが自分の在り方に向き合わざるを得ない対話の機会を設計することが求められます。
越境学習の効果を最大化するための3つのポイント
対談では、越境学習の効果を最大化するための「理論」と「実践」が溶け合い、3つのポイントとして整理されました。
まず、チームボックス(瀬田氏)の理論的アプローチとして挙げられたのが、「①経験を成長に変える仕掛け」と「②適切な課題設定・足場かけ(スキャホルディング)」です。瀬田氏は「ただ越境し、振り返るだけでは人は変わらない」と強調します。経験に新しい意味を与え(点を線・面・立体へ昇華させる)、少し背伸びした課題に対し適切な足場(スキャホルディング)をかける仕組みがあって初めて、人は殻を破ることができます。
この理論的アプローチを受け、加藤から実践的アプローチとして示されたのが「③事後のアサインメント」です。加藤は、行動変容の要として「越境後の受け皿」を挙げます。リーダーとして「なんとかなりそうだ」という手応えを持って戻ってきた帰還者に対し、社内で新たなプロジェクトや役割というさらなる挑戦の場を用意できるか、と。
瀬田氏の理論的設計と、加藤の実践的知見が交差することで、個人の内面変容と組織側の環境設計が噛み合い、越境を一過性のイベントで終わらせない好循環が生まれることが浮き彫りとなりました。
まとめ:経験・意味付け・共有の3ステップが人と組織を動かす
瀬田氏はセミナーの最後に、次の3つのメッセージを残しました。
- ただ越境するだけでは人は変わらない
- 振り返るだけでも変わらず、経験を新しい意味に変えることが最も重要である
- 一人が変わっても組織は変わらないため、持ち帰った学びを組織で語り、共有するところまでを設計する必要がある
加藤は、時間軸についても言及しました。入山章栄氏が語る「知の探索」と「知の深化」と同じく、人材育成にも短期的な効率と長期的な成長のトレードオフがつきまといます。
どこまでを無駄と思わずに経験値として積ませられるか。その許容度そのものが人材投資なのだという指摘は、予算を預かる立場にこそ響くものでした。
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