エンファクトリーは2026年6月、東京・神田にて、書籍『人事施策の「考え方」』の著者である組織人事コンサルタント・浜岡範光氏をお迎えしたセミナーを開催しました。テーマは、「お上の通達」で終わらせない組織変革の始め方。当日は、前例のない施策を「現場の納得解」に変えるためのロジックやパッション、共感の技術について熱い議論が交わされました。
▶本セミナーの詳細:https://enfactory.co.jp/ekkyo-gakushu/seminar/10617/
「うちの会社でも新しい人事施策を導入しよう」——そう意気込んで企画したものの、経営陣からは「本当にそれで解決するの?」とちゃぶ台を返され、いざ導入しても現場からは「また人事のお役所仕事か」と冷ややかに受け止められる。このような「人事施策のモヤモヤ」に悩む担当者は少なくありません。
また、自社にはない環境に飛び込み、課題解決に取り組む「越境学習」。次世代リーダーの育成やキャリア自律を促す新しい人事施策として注目を集めていますが、いざ導入しようとすると「本業に影響するのでは?」「離職に繋がるのでは?」と、経営陣や現場から反発を受けることも少なくありません。
本記事では、組織人事コンサルタントの浜岡範光氏の講演、エンファクトリーの島崎との対談をもとに、人事施策を成功に導き、組織を変革するための具体的な「考え方」とステップを解説。「前例のない施策」を社内に通し、現場の納得解に変えていくための実践的なアプローチについて、紐解きます。
目次
【第1部:講演】組織変革を成果に繋げる「施策設計の全体像」
施策が実行段階でつまずく「4つの失敗パターン」
浜岡氏によれば、自社の文脈に沿った「良い人事施策」が実行段階でつまずくとき、そこには以下の4つの失敗パターン(原因)が潜んでいます。
- ゴールが見えていない:経営として「何が実現できればいいのか」「誰がどうなればいいのか」が曖昧なまま、施策の実施自体が目的化している。
- 論点が見えていない:成功するための条件(論点)が不明確なため、いざ実行しようとすると様々な意見が出て収拾がつかなくなる。
- 経営陣に伝わっていない:経営陣が施策の意図を理解しておらず、企画が承認されない(意思決定を引き出せない)。
- 現場メンバーに伝わっていない:施策の対象者が意図を理解しておらず、やらされ感が蔓延して行動に移らない。
たとえば、経営陣から「マネジメント力に課題があるから、マネジメント研修を考えてよ」とオーダーされたとします。これを真に受けて各社の研修プログラムを比較提案しても、「本当に研修で解決できるのか?」とちゃぶ台返しに遭うことがよくあります。
これは、研修という「手段」が目的化してしまっており、「何をどう解決したいのか」という背景の言語化ができていないために起こる悲劇です。
施策を確実に成果へつなげるためには、「①ゴール」→「②論点」→「③通し方(意思決定)」→「④伝え方(自分ごと化)」という順番で設計していくことが重要です。

ステップ1:ゴール(勝ちの定義)――Do(実施)からBe(状態変化)へ
最初のステップは「ゴール」の明確化です。ここでは「研修を実施する」ことではなく、「現場での行動や成果がどう変わるか(状態の変化)」をゴールとして定義します。
1. 経営として実現したいことを確認する
「とりあえずやってよ」というオーダーに対しては、「この施策で、誰の何(行動・数値)が変われば成功なのか」「これをやらないと、経営的にどのようなリスクがあるのか」をヒアリングし、経営的に実現したい状態をすり合わせます。
2. 犯人探しではなく「構造探し」をする
問題が起きているとき、誰か個人のスキル不足に原因を求める「犯人探し」をしてはいけません。マネージャーがマネジメントできていないのは、「役割が曖昧」「プレイヤー業務が多すぎる」といった構造的な機能不全が原因であるケースが多いからです。
当事者だけでなく、上司や部下、他部門などのステークホルダーにもヒアリングを行い、課題が起きているメカニズムを「1枚の図」として構造化することが重要です。
ステップ2:論点の整理――経営陣の意思決定をスムースに引き出す方法
ゴールが決まったら、次は「論点」の特定です。
経営会議で意見が発散してしまうのは、起案者が「A案とB案のどちらが良いか」を聞きたいのに対し、経営陣は「そもそも何を重視して決めるべきか(決め方)」を知りたいというズレがあるためです。
論点とは、意思決定を下すときに重視すべき基準のことです。浜岡氏は、代表的な論点として以下の8つを挙げています。
- 施策のゴールが組織の目標に合っているか
- 経営的なリスクがあるか
- 課題にフィットしているか
- 投資対効果は合うか
- スケジュールは間に合うか
- 推進体制は問題ないか
- 実現イメージが湧くか
- これまでの経緯が踏まえられているか
ステップ3:通し方(意思決定)――「フライパンを温める」議論の技術
これらの論点を事前にすり合わせておく「フライパンを温める」作業(事前の課題感の共有)を行うことで、会議での意思決定がスムースになります。
また、会議で様々な意見が出た際は、それが「単なる思いつき」「施策そのものへの意見」「論点への意見」「ゴールへの意見」の4つのレイヤーのどこに該当するのかをその場で整理しながらファシリテーションをすることが効果的です。
ステップ4:伝え方(自分ごと化)――ロジック・パッション・共感で現場を動かす「伝達の技術」
最後のステップは、決まった施策を現場に届けるフェーズです。どれほど優れた施策も、現場に響かなければ形骸化してしまいます。徹底した「現場視点」に翻訳して伝えることで、ステップ1で掲げた「行動や成果の変化」という本当のゴールが達成されます。
1. ロジック・パッション・シンパシーで伝える
人は論理(ロジック)だけでは動きません。なぜこの施策が必要なのかという背景に加えて、企画者の想い(パッション)と、現場の意義に寄り添う共感(シンパシー)をセットで伝える必要があります。正解を押し付けるのではなく、「まあ、必要だし仕方ないか」と思ってもらえる「納得解」を目指すことが重要です。
2. 最初の10%の「ファーストフォロワー」に光を当てる
施策に反発する人や乗っかってこない人に意識を向けがちですが、本当に光を当てるべきなのは、施策に賛同して実践してくれる「最初の10%」の人たちです。事前に根回しをしてキーマンを作り、彼らの良い取り組みを称賛・共有することで、社内に熱量の輪を広げていきます。
3. 「体感・体験」をデザインする
新しい方針や抽象度の高いスローガン(人的資本経営やキャリア自律など)は、言葉で説明するだけでは浸透しません。現場のメンバーが「ああ、こういうことを言っていたのか」と再解釈できるような「体感」をいかにデザインするかが鍵となります。アワード(表彰)などを通じて象徴的なストーリーを共有し、「自分たちにもできるかもしれない」という組織効力感を生み出すことが組織変革を前進させます。

【第2部:対談】「正論のスローガン」を「現場の納得解」に変える泥臭い技術
なぜ中身が良くても「前例のない施策」は拒絶されるのか?
イベントの後半は、エンファクトリーで越境学習型の研修プログラムの営業を担う島崎がモデレーターとなり、「良い施策なのに、前例がないという理由で拒絶されてしまう壁をどう突破するか?」というテーマで対談を行いました。
この問いに対し、浜岡氏は「前例がないから拒絶されるのではなく、自社の文脈に合っていないから拒絶されるのだ」と指摘します。
たとえば、次世代経営層を育成する「サクセッションプランニング」に課題を抱える企業は多く存在します。人材のリストアップまではできても、経営人材としての供給力を高めるための「タフアサインメント(修羅場経験)」を社内で積ませることは、現在のポストを動かせない以上、非常に困難です。
ここで、「次世代の経営人材候補をベンチャー企業へ武者修行に行かせませんか?」と単なる「お勉強」の文脈で提案すれば、当然「なぜ社外に行く必要があるのか」と拒絶されます。
しかし、これを「社内のポストを動かすことなく、経営人材に必要なタフアサインメントを経験させるための解決策」という文脈に接続すれば、経営陣の「供給力を上げたい」という課題(論点)に見事にフィットし、前向きな意思決定を引き出すことができます。
人事担当者も営業担当者と同じように、経営や現場がどのような課題を抱え、どのような条件を満たすソリューションを求めているのかをヒアリングし、逆算してシナリオを作ることが重要です。
「人的資本経営」「キャリア自律」を形骸化させないアプローチ
続いてのテーマは、「人的資本経営」や「キャリア自律」といった抽象度の高い正論のスローガンを、いかにして現場に浸透させるかについてです。
越境学習に積極的に取り組む企業の事例として、株式会社オリエントコーポレーション(オリコ)が「プロティアン・キャリア」の浸透のために、社長対談動画の配信やeラーニングの導入、そして実践の場としての越境学習を組み合わせ、手を変え品を変えて発信していることが紹介されました。
イベントレポート『手上げが4倍に! オリコが取り組むカルチャー変革 ―プロティアン×越境事例―』
浜岡氏はこの事例に触れ、「言葉によって担保できることの限界を知り、いかに『体感・体験』をデザインできるかが重要」であると語ります。
反対するのは「体感」していないから
ある大手設計事務所の社長は、新しい経営方針(社会性と経済性を両立させるローカルゼブラ企業への転換など)を打ち出した際、社内から多くの反対を受けたそうです。
しかし社長は焦ることなく、「多くの人が反対するのは、それが何を意味するのかを『体感』していないからだ。一度でも体感すれば『こういうことね』と理解し、自分にもできるかもしれないと広がっていく」と語ったといいます。
「再解釈」の場としてのアワード(表彰)
抽象的なスローガンを浸透させるには、「理解」や「共感」だけでなく、「ああ、そういうことを言っていたのね」という「再解釈」が必要です。
例えば、リクルートで数多く実施されているアワード(表彰)は、単に人を褒める場ではなく、「今の会社において最も増やしたい仕事のストーリーはこれだ」と提示する場として機能しています。
圧倒的な当事者意識で成果を出した同僚のリアルなストーリーを「体感」することで、現場のメンバーは会社のスローガンを「再解釈」し、「自分たちにもできるかもしれない」という組織効力感を高めていくのです。
越境学習帰任者を「ヒーロー」にする
この「体感のデザイン」は、越境学習の事後フォローにも応用できます。 越境先から戻ってきた社員に対し、「外の世界を見て、改めて自社のリソースの価値にどう気づき、この会社の仲間と何を実現したいと思ったか」を全社に向けてプレゼンする場を設けます。
ポジティブな文脈でのストーリーが共有されることで、帰任者は社内の「ヒーロー」となり、周囲に刺激を与え、社内ネットワークが活性化するという好循環(サイクル)を生み出すことができます。
「どんな制度を導入するか」という表面的な話にとらわれるのではなく、「日常の仕事の中で、メンバーが何を体感してしまうようになっているか」という視点を持つことで、人事施策の幅は大きく広がり、組織を本質的に変えることができるのです。

明日からのヒント:神様に祈るな
「たまたまいい会社で、たまたまいい上司に恵まれ、たまたまいい仕事を担当し、たまたま結果が出る。そんな条件がすべて揃うことを神様に祈るな。自分がいるからいい仕事になり、いい部署になり、いい会社になる。作れる側に回ったほうが、はるかに確率は高い」
浜岡氏がリクルート時代に上司から受け取ったこの言葉は、まさに人事という仕事の本質を突いています。
人事の施策を動かすプロセスは、何をやっても誰かから不満が出る難しく泥臭いものです。
しかし、だからこそ「神様に祈らない」と決めた人が当事者として仕掛けていくことで、組織を変えることができる。本イベントは、人事という仕事の圧倒的な面白さと尊さを、改めて深く実感させるメッセージとともに幕を閉じました。

