【徹底解説】人的資本経営とは?注目される背景・開示項目・実践のポイントと企業事例を紹介

越境学習

昨今、「人的資本経営」という考え方が注目を集めています。

しかし、「何から始めればよいのかわからない」「自社の人材戦略にどう落とし込むべきか」と悩む人事担当者の方も多いのではないでしょうか。

本記事では、人的資本経営の定義や注目される背景、開示すべき項目、実践に向けた流れなど、人事担当者が押さえておきたいポイントをわかりやすく解説します。

人的資本経営とは?

人的資本経営とは、人材を「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出す経営手法のことです。

従来の考え方では、人材は消費される「資源(コスト)」として捉えられていました。これに対して人的資本経営では、人材を投資によって価値が高まる「資本」とみなします。人材の価値を最大化するため積極的に投資を行い、企業価値の向上につなげることが目的です。

日本社会では、少子高齢化による働き手不足が常態化しています。そのため、企業が競争力を維持するためには、働く人材へ積極的に投資することが欠かせません。人的資本経営は、現在の日本企業において極めて有効なアプローチといえます。

後ほど詳しく解説しますが、一部の企業では人的資本の開示の義務化も進んでいるため、今後の動向にも注意が必要です。

「ROIC経営」「無形資産経営」との違い

人的資本経営への理解を深める上で、よく似た概念として挙げられるのが「ROIC(ロイック)経営」や「無形資産経営」です。それぞれの言葉は、以下のような意味を持っています。

  • ROIC経営:投じた資本に対してどれだけ効率よく利益を生み出したかを示す指標「ROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率)」を最重視する経営手法。主にコストや投資の「費用対効果の最大化」を着眼点とします。
  • 無形資産経営:ブランド、特許、技術、そして「人材」など、貸借対照表(B/S)には載らない目に見えない資産(無形資産)を、企業の競争力の源泉として活用する経営手法。

これらと人的資本経営の「定義」や「着眼点」の違いを整理すると、次の通りです。

項目定義主な着眼点
人的資本経営人材を資本として捉える経営人材への投資と価値向上
ROIC経営投下資本に対する利益率を重視する経営費用対効果の最大化
無形資産経営形のない資産を活用する経営ブランドや技術などの活用

各経営手法との関係性

ROIC経営は人的資本経営と着眼点が異なりますが、人的資本へ投資して付加価値を高めることは、最終的にROIC(投下資本利益率)の改善にも直結します。そのため、人的資本経営はROIC経営を実現するための重要な一要素といえます。

また、人的資本は「無形資産」の中核を担う要素です。そのため、人的資本経営は無形資産経営の代表的なアプローチの一つとして捉えることができます。

人的資本経営が注目される背景

人的資本経営が注目される背景には、複数の要因があります。

主な背景は、次の4点です。

  • ビジネス環境の変化
  • ESG投資の拡大(環境・社会・企業統治を重視する投資)
  • 経済産業省「人材版伊藤レポート」の影響
  • 人的資本情報開示の義務化

それぞれの背景を詳しく確認していきましょう。

ビジネス環境の変化

人的資本経営が求められる1つめの背景は、ビジネス環境の急速な変化です。

デジタル化の進展や省エネ意識の向上など、企業を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。こうした不確実性の高い時代を勝ち抜くためには、既存の事業を守るだけでなく、新しい価値を生み出せる人材が必要です。

しかし、新たな価値創造を担う人材は、一朝一夕には育ちません。だからこそ、従来の設備や資金といった有形資産への投資だけでなく、人そのものを「資本」と捉えた継続的な人的投資が不可欠となっているのです。有形資産の強化だけに頼っていては、競争が激化する市場環境において優位性を保ち続けることが難しくなっているからです。

ESG投資の拡大

2つめの背景は、ESG投資の拡大です。

ESG投資とは、以下の3要素への取り組みを重視して投資先を選ぶ考え方を指します。

  • 環境(Environment)
  • 社会(Social)
  • 企業統治(Governance)

近年、このような非財務的な要素を評価する投資家が世界的に増えています。

人的資本は、このうち「社会」に関わる重要な要素です。社員をどのように育成し、どのような環境を整えているかは、投資家が企業の将来性を判断する材料になりつつあります。

投資家からの要請が高まったことで、企業は人材に関する取り組みを発信する必要に迫られました。この流れが、人的資本経営への関心を一層押し上げています。

経済産業省「人材版伊藤レポート」の影響

3つめの背景は、経済産業省による「人材版伊藤レポート」の公表です。

人材版伊藤レポートとは、一橋大学名誉教授の伊藤邦雄氏が座長を務めた研究会の報告書です。2020年9月に公表され、人的資本経営の重要性を示したことで大きな注目を集めました。

その後、2022年5月には実践事例を加えた「人材版伊藤レポート2.0」が公表されています。本レポートにおいては、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するかが具体的にまとめられました。

このような政府の動きも、人的資本経営への関心が高まっている背景の一つです。

参考:人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~ (METI/経済産業省) 

人的資本情報開示の義務化(2023年〜)

4つめの背景は、2023年から始まった「人的資本情報の開示義務化」です。

2023年3月期決算以降、有価証券報告書を発行する大手企業(約4,000社)を対象に、人的資本に関する情報の記載が求められるようになりました。具体的には、以下の2つのテーマについて「戦略」と「指標および目標」の開示が必要です。

  • 人材育成(研修や能力開発の実施など)
  • 社内環境整備(働きやすさやダイバーシティの推進など)

この法改正を機に、人的資本経営への取り組みは大手企業にとって「対応必須の重要課題」となりました。なお、米国でも2020年に米国証券取引委員会(SEC)が同様の開示を義務付けるなど、この潮流は世界的なスタンダードとなっています。 

人的資本経営を実現するうえで重要なKPI

人的資本経営を実現するには、目標の達成度合いを数値化して測定する「KPI」の設定が不可欠です。

内閣官房が公表した「人的資本可視化指針」では、幅広い企業で開示が期待される項目(指標の例)として、下記のようなものが列挙されています。

分野指標の例
従業員数事業別・地域別の従業員数
人件費給与、株式報酬
育成研修時間、研修費用
離職率離職率・定着率
従業員エンゲージメントスコアアンケート結果など

ただし、企業のビジネスモデルや業界の特性によって、開示すべき情報は異なるとされている点に注意が必要です。どの指標を重視するかは、自社の経営戦略にも依存します。

自社の戦略に合ったKPIを選んだ上で、その指標と人材戦略との関係性などを明確にすることが大切です。

参考:「人的資本可視化指針」の改訂について | 内閣官房ホームページ 

人的資本経営の主なフレームワーク

人的資本経営を進める際の指針となるのが、下記の2つのモデルです。

  • 3つの視点(3Pモデル)
  • 5つの要素(5Fモデル)

それぞれの内容を見ていきましょう。

3つの視点(3P)

3つの視点(3P)とは、人材戦略を検討する際に意識すべき視点のことです。

具体的には、次の3つを指します。

  • 経営戦略と人材戦略の連動
  • 現状と目指すべき姿(理想)のギャップの定量的な把握 
  • 企業文化への定着

1つめの「経営戦略と人材戦略の連動」は、経営の方向性に沿って人材戦略を組み立てることです。2つめの「現状と目指すべき姿(理想)のギャップの定量的な把握」では、現状と目標の差を数値で可視化することが求められます。3つめの「企業文化への定着」は、人材戦略を一時的な施策で終わらせず、企業文化として定着させることです。

この3つの視点を意識することで、人材戦略と経営戦略をより密接に連動させることができます。

5つの要素(5F)

5つの要素(5F)とは、人材戦略に共通して求められる5つの要素のことです。

具体的には、次の5つが挙げられます。

  • 動的な人材ポートフォリオ
  • 知や経験のダイバーシティ&インクルージョン
  • リスキリング・学び直し
  • 従業員エンゲージメント
  • 時間や場所にとらわれない働き方

「動的な人材ポートフォリオ」とは、経営戦略の進捗に応じて人材の構成を柔軟に組み替えることです。ここに、多様な知見や経験を持つ人材を活かす「知や経験のダイバーシティ&インクルージョン」が掛け合わさることで、企業のイノベーション創出へと繋がります。

また、これらを支える基盤として、社員のスキル向上を促す「リスキリング・学び直し」、会社への信頼や貢献意欲を高める「従業員エンゲージメント」、そして多様な人材が活躍できる「時間や場所にとらわれない働き方」の整備が必要不可欠です。

これら5つの要素をバランスよく満たすことが、人的資本経営を成功に導く土台となります。

人的資本経営を実践するための4ステップ

人的資本経営は、4つのステップに沿って進めると取り組みやすくなります。

実践の流れは、次の通りです。

  1. 経営戦略から人材戦略を逆算する
  2. 現状(As is)と目標(To be)のギャップを可視化する
  3. 人材育成・配置・評価の施策を設計する
  4. KPIで効果測定し改善サイクルを回す

各ステップの内容を詳しく解説します。

【ステップ1】経営戦略から人材戦略を逆算する

人的資本経営の土台となるのが、経営戦略と人材戦略の連動です。まずは経営戦略を実現するために「どのような人材が、いつまでに、何人必要なのか」を定義します。

例えば、「3年後に新規事業を立ち上げる」という戦略がある場合、そこから逆算することで必要な人員計画や育成時期が明確になります。このように経営目標を起点に人材戦略を描くことが、実践の最初の一歩となります。

【ステップ2】現状(As is)と目標(To be)のギャップを可視化する

目指すべき理想の人材像(To be)が定まったら、現在の社内の人材状況(As is)と比較を行います。両者の差を明らかにすることで、自社に何が不足しているのかが具体的に見えてきます。

例えば、「DX推進人材が10名必要なのに対し、現在は3名しかいない」といった形でギャップを把握します。この際、人数やスキルレベルなどの定量的なデータは、可能な限り数値に落とし込んでおくことが重要です。

【ステップ3】人材育成・配置・評価の施策を設計する

可視化したギャップを埋めるために、具体的な人事施策を設計します。育成、配置、評価の3つの観点から、一貫性のある施策を組み立てていくことがポイントです。

具体的には、「どのような研修を実施するか」「どのポジションに誰を配置するか」「どのような評価軸を設定するか」を検討します。これらを単発の施策で終わらせず、経営戦略の達成に紐付ける形で設計します。

【ステップ4】KPIで効果測定し改善サイクルを回す

設計した施策を実行に移した後は、事前に設定したKPIを用いて効果測定を行い、改善サイクルを回し続けます。

人的資本経営は一度施策を打って終わりではなく、常に状況をモニタリングしながらブラッシュアップしていくものです。施策が形骸化するのを防ぎ、真に経営戦略の達成に貢献するものへ進化させていくために、このサイクルが不可欠となります。

人的資本経営を実践する上で直面しやすい課題

人的資本経営への転換を進める企業では、初期段階で以下のような壁に直面することが少なくありません。

  • 経営戦略と人事施策の連動不足
  • 人材データの収集・可視化の遅れ
  • 従来型の画一的な人材育成による成果の頭打ち

ここからは、それぞれの課題が起こる背景と、その解決に向けたアプローチを解説します。

経営戦略と人事施策が連動していない

人事施策が経営戦略と切り離されて孤立していると、どれだけ人材にお金をかけても企業価値の向上に繋がりません。

例えば、経営陣が「新規事業の創出」を掲げているにもかかわらず、人事が「既存業務の効率化」に特化した研修ばかりを行っているケースがこれに該当します。目的が曖昧なまま施策を走らせることで、「研修は実施しているものの、経営目標の達成に結びつかない」「形骸化したプログラムになってしまっている」といった状態に陥りがちです。

こうした連動不足を解消するには、経営層と人事部門が密に連携することが欠かせません。経営陣と人事担当者が定期的に認識をすり合わせる場を設けるなど、常に経営戦略を起点として人事施策を組み立てていく仕組みを整えましょう。

人材データの収集・可視化が進んでいない

現状と目標のギャップを正しく把握するためには、社員のスキルや経験、エンゲージメントといった「非財務データ」の可視化が必要不可欠です。

しかし、これらのデータが各部門に散在していたり、Excelなどで個別に管理されていたりするケースが散見されます。データの一元管理が進んでいない状態では、自社の強みや不足しているスキルを客観的に分析することが難しく、根拠に基づいた次の一手を打つことができません。

従来型の画一的な人材育成では成果が出にくい

終身雇用を前提とした、全社員へ一律に同じ教育を提供する従来型の研修スタイルでは、現代のビジネス環境に対応できなくなっています。

変化の激しい時代において経営戦略をスピーディーに推進するためには、社員一人ひとりが自律的にキャリアを築き、独自の強みや専門性を発揮していくことが求められます。そのため、企業主導の画一的な育成から脱却し、社員それぞれの自律的な学びやキャリア形成を支援する仕組み(リスキリングや越境学習など)へのシフトが急務となっています。

人的資本経営を実現するためには多様な視点・経験が必須

変化の激しい市場において、企業が持続的にイノベーションを創出し続けるためには、従来の同質的な組織から脱却しなければなりません。先ほどご紹介した5つの要素(5F)でも「知や経験のダイバーシティ&インクルージョン」が挙げられていた通り、多様な知見を組織に活かすことは、新たな価値を生み出す土台となります。

そのための有効なアプローチとして、近年多くの企業で導入が進んでいるのが「越境学習」です。

越境学習にはいくつかの方法(スタイル)があります。例えば、社内副業を通じて「別の部署の仕事」を経験したり、ビジネスにおける留学制度(企業間留学)などを利用して「外部の企業」で新たなプロジェクトに挑戦したりする取り組みが代表例です。

社員が普段の職場という枠組みから一歩外に出て活動することで、それまで当たり前だと思っていた自社のカルチャーや仕事の進め方を客観的に見つめ直すきっかけになります。そこで得た新しい視点や価値観を自社に持ち帰ることは、組織全体の活性化に繋がります。多様な経験を社内に取り入れる具体的な手段として、越境学習は人的資本経営と非常に相性が良い手法といえます。

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越境学習は、本記事で解説した人的資本経営と非常に相性のよい人材育成アプローチです。人材への投資を通じて組織の成長を加速させたい方は、ぜひ導入を検討してみてはいかがでしょうか。 

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