以前、私は山口県萩市にある松下村塾や、松陰先生が投獄された野山獄の跡地を歩いたことがあります。
本州の西の端という地理的条件、そしてわずか8畳ほどの狭い塾舎や牢屋という物理的に隔離された空間。それにもかかわらず、あのような圧倒的な当事者意識を持った集団を生み出すエネルギーがそこから発生したことに、強烈な凄みを感じました。
「たとえ狭い空間にいても、広い視野と高い視座を持ち、思考で境界を越える(越境する)ことはできる」――その事実を肌で感じた瞬間でした。
今回は、組織や地域の壁を越えて新しい価値を生み出す「バウンダリースパナー(境界連結者)」としての松陰先生の姿から、現代の私たちが学べる働き方のヒントを紐解いていきます。
目次
教育者の家系と、若くして培われた「プロの覚悟」
吉田松陰は、山鹿流兵学師範(兵学の専門家・教育者)の家系を継ぎ、幼少期から英才教育を受けました。
幼い頃から叔父の玉木文之進から非常に厳しい教育を受けたことで知られています。授業中に顔に止まった蚊を払っただけで「公(学び)の場に私情を持ち込むとは何事か」と激怒され、打ち据えられたという逸話があるほどです。
この苛烈な教育環境が、彼に若くして「プロフェッショナルとしての自覚と信念」を植え付けました。この強固な土台があったからこそ、彼は後年、組織や身分の壁を軽々と越える大胆な行動に出ることができたのです。
現代のビジネス現場でも、無意識のうちに「自社の常識」や「居心地の良い範囲(コンフォートゾーン)」にとどまってしまいがちです。松陰の生き様は、そうした安全圏の枠を取り払い、「何のために働くのか」「自分はどうありたいか(Being)」というプロとしての根底の覚悟を、私たちに強く問いかけています。
圧倒的な当事者意識が生む「主語の拡大」
松陰は長州藩という枠を飛び出し、九州、江戸、東北へと自らの足で日本中を「遊学(見聞を広めるための旅)」しました。時には脱藩という重罪を犯してまで東北旅行を決行するほどの行動力です。
現代の企業で行われる「越境学習」の現場でも、これと似た面白い現象が起きます。外の世界に出て学んだ社員は、話すときの「主語」が変わるのです。
自社の中だけにいるときは「自部署の損得」や「与えられた業務」という狭い主語になりがちですが、アウェイな環境で他者と揉まれることで「自社全体はどうあるべきか」「社会に対してどう貢献できるか」へと視座が高まり、主語が大きく広がっていきます。
これこそがまさに、自社(ホーム)と外の世界(アウェイ)を行き来しながら新しい風や問いを持ち込み、組織をつなぐ「バウンダリースパナー(境界連結者)」としての第一歩なのです。
例えば、最初は「自分はこうしたい」と語っていた人が、社外での越境を経験すると「うちの会社はどうあるべきか」「うちの業界を変えるには」と意識が変わっていくのも、この表れです。
松陰を突き動かしていたのも「天下国家の危機に対する、圧倒的な当事者意識」でした。越境(遊学)を繰り返す中で、彼の主語は「長州藩の一藩士」から「日本の行く末を担う者」へと劇的に拡大していったのでしょう。
激動の時代に必須の「飛耳長目(ひじちょうもく)」
松陰が大切にしていた言葉に「飛耳長目」があります。遠くの出来事を聞き取る耳と、遠くまで見通す目を持つこと、つまり「常にアンテナを高く張り、広く情報を収集して観察すること」を意味します。
自社の中だけに閉じこもっていては、業界の変化や新しい技術の波(激動の時代の変化)を感じ取ることはできません。社外へ飛び出し、自分の目と耳で一次情報を取りに行く「越境体験」こそが、現代における『飛耳長目』の実践と言えます。
幕末は、江戸から明治へと価値観がひっくり返る激動の時代でした。そして現在もまた、世界情勢の変化やテクノロジーの進化により、ビジネスにおける成果創出のルールが根本から変わる大きな転換期です。
現代はAIやオンライン会議ツールが普及し、松陰の時代よりも圧倒的に「飛耳長目」がしやすい環境のはずです。しかし実際には、自分たちのタコツボ(狭いコミュニティや部署)に閉じこもっている人が多いように感じませんか?
だからこそ、意図的に外の情報を獲りにいく松陰の姿勢が今、強く求められているのです。
越境を支える「仲間」と「理解ある上司」の存在
バウンダリースパナーとしての松陰の挑戦は、決して彼一人の力だけで成し遂げられたわけではありません。そこには重要な2つの要素がありました。
1つ目は「一緒に挑戦する仲間」です。
ペリーの黒船に密航しようとした際、松陰には金子重輔という行動を共にした弟子がいました。「自分一人で大きな挑戦をするのはハードルが高い」という人は、まず一緒にチャレンジしてくれる仲間を見つけることが重要です。
2つ目は「挑戦を奨励する上司」の存在です。
松陰の背後には、長州藩主の毛利敬親(もうり たかちか)という最大の理解者がいました。家臣の意見や斬新な提案に対して「そうせい(そうしろ)」と許可を出したことから「そうせい侯」と呼ばれた人物です。
バウンダリースパナーが組織で躍動するには、部下の挑戦的な行動を頭ごなしに否定せず、「そうせい」と背中を押す経営者やマネージャーの存在が必要不可欠なのです。
「知行合一」ー 行動してこそ真の知恵となる
私が働く株式会社エンファクトリーは、2026年9月からパソナグループに加わりました。実は、パソナグループの南部靖之ファウンダーもまた、松陰を敬愛し、その教えをビジネスで体現してきた一人です。
南部ファウンダーの起業の原点には、松陰が松下村塾の掛け軸に掲げた陽明学の命題「知行合一(ちこうごういつ)」の精神があります。
「迷ったらやる」が私のポリシーです。思っただけでは意味がない、必ず行動する。これは私が敬愛する吉田松陰の「知行合一(ちこうごういつ)」という考えからきています。
「知行合一」とは、陽明学の命題の一つで、松陰が松下村塾の掛け軸に掲げた言葉です。「知識をつけることは行動することの始まりであり、行動することはつけた知識を完成させることである。行なわなければ知っているとはいえない。知っていても行なわないのはまだ知らないのと同じである。知って、行なってこそ、本当の知恵、真知である」。
この言葉は起業のきっかけにもなりました。
学生時代に塾講師をしていた南部ファウンダーは、母親たちとの対話から「家庭の主婦の再就職を応援したい」という思いを抱きました。そして、それを単なる知識や思いのまま終わらせず、人材派遣会社の設立という「行動」へと移したのです。この知行合一の実践こそが、今のパソナグループの根幹にあります。
現代の私たちが実践できる「遊学」とは?
松陰の姿勢と彼を取り巻く環境があったからこそ、高杉晋作や伊藤博文といった弟子たちもまた、身分や国境を越え、新しい時代を創り上げるリーダーとして育っていきました。
現代版の「遊学」とは、決して遠くへ旅することだけではありません。
たとえ今いる場所が狭い空間であっても、志さえあれば思考はどこまでも越境できます。まずは自分の足元にある小さな境界線に気づき、AIやツールを駆使して「飛耳長目」を実践してみる。共に挑戦する仲間を見つけ、「主語」を大きくして語ってみる。
そして何より、知ったことを行動に移す「知行合一」を実践すること。
わずか8畳の部屋から時代を動かした松陰のように、まずは自分自身の人生に対して圧倒的な当事者意識を持ち、自社と外の世界をつなぐ「バウンダリースパナー」として、あなた自身の新しい働き方を始めてみませんか?
◆執筆者プロフィール
島崎 由真(株式会社エンファクトリー ライフデザインユニット 副ユニット長)

企業の自律型人材育成のための越境型研修サービスの「複業留学」「越境サーキット」「リーダー留学」など、社外への越境を通して、人・組織が変わるきっかけを創出する「場のデザイン」を提案・支援する越境コンサルタントとして活動。また、人事・HR事業者による1500名のコミュニティ「One HR」の共同代表も務める。
「枠をはみ出す」自律型リーダーの育成に向けて
エンファクトリーでは、変化の激しい時代において社員一人ひとりが自律的に動き、社内外で新たな価値や共創を生み出す各種 「越境研修プログラム」を提供しています。
「自律型人材を育てたい」「事業戦略と連動した人材育成を実現したい」とお悩みの経営者・人事担当者の皆様、ぜひお気軽にご相談ください。貴社の課題に応じた最適なプログラムをご提案します。
