越境学習の効果測定に悩む人事担当者の方は少なくありません。効果測定が上手くいかないと参加者のパフォーマンスを正しく評価できませんし、経営層へ施策の意義を説明するのも難しくなりがちです。
本記事では、越境学習の「評価」を施策の効果測定と参加者の人事評価の2つに整理し、4段階の評価モデル、具体的な指標、評価設計の手順までをわかりやすく解説します。
評価の仕組みを見直すヒントとして、ぜひお役立てください。
目次
越境学習の評価・効果測定が「難しい」とされる理由
越境学習の成果は、従来の研修と同じ物差しでは計りきれません。
主な理由は、次の4点です。
- 学びの内容を事前に計画できない
- 成長の多くがマインドセットの変化で、数値化しにくい
- 送り出し元と越境先で評価基準が異なる
- 行動の変化が帰任後に時間差で表れる
また、スタートアップで称賛される即断即決が、合意形成を重んじる自社では評価されにくいといった評価基準のギャップ(乖離)も起こりえます。越境学習の効果を正しく測定するためには、目的に応じた評価の設計が欠かせません。
越境学習の「評価」には2つの意味がある
人事担当者が扱う評価は、以下の2つに分かれます。
- 施策全体を振り返る効果測定
- 参加した社員一人ひとりの処遇を決める人事評価
施策の効果測定ができなければ質が落ちてしまいますし、参加者の処遇が適切でなければ応募者が減り、施策の効果も下がってしまいます。両者は切り離せない関係にあるため、本記事ではどちらもまとめて解説します。
施策の効果測定|越境学習が個人と組織に何をもたらしたかを測る
越境学習への投資が妥当だったかを判断し、次の改善につなげることが、この評価の目的です。
見るべき対象は、参加者個人の変化と、その変化が職場や組織へ波及した度合いの2層です。個人の気づきが帰任後の職場で共有されてはじめて、施策は組織の力になります。
ポイントは、施策の効果を可視化することです。これによって社内で越境体験の価値を伝えやすくなり、施策の推進につながります。経営層への報告や予算確保の根拠としても、効果測定は人事に欠かせない業務です。
参加者の人事評価|越境中および帰任後の社員をどう処遇するか
人事評価では、越境期間中の業績の扱いと、帰任後の成長を処遇に反映する方法が主な論点です。
越境中は本業に割ける時間が減るため、通常の目標をそのまま当てはめると評価が下がりかねません。一方で、越境先での成果を厳密に査定しようとすれば、挑戦する意欲がしぼんでしまいます。
なお、効果測定のデータと人事評価は、明確に切り分けて扱いましょう。参加者の挑戦を後押しするには、効果測定(アンケートやサーベイ等)で得たデータをそのまま個人の査定や異動に連動させないことが重要です。
越境学習の効果測定に使える4段階の評価モデル
越境学習の効果を段階的に整理するには、「カークパトリックモデル」が役立ちます。
米国の経営学者ドナルド・カークパトリックが1959年に提唱した研修評価の枠組みで、効果を反応・学習・行動・成果の4段階で捉えます。越境学習に当てはめると、次のように整理できます。
| レベル | 測る内容 | 越境学習での測定例 | 主な時期 |
|---|---|---|---|
| レベル1|反応 | 満足度・参加意欲 | ・参加後アンケート ・再挑戦の意向 | 越境直後 |
| レベル2|学習 | 意識や価値観の変容 | ・事前事後のサーベイ ・振り返り面談 | 越境前と越境後 |
| レベル3|行動 | 帰任後の行動変容 | ・上司による観察 ・360度評価 | 帰任後の数ヶ月間 |
| レベル4|成果 | 組織や事業への影響 | ・新規提案の件数 ・応募者数定着率 | 帰任後半年から1年以上 |
レベル1|反応(満足度、参加意欲)
レベル1では、参加者が越境学習をどう受け止めたかを確認します。
越境直後のアンケートで満足度を尋ねるほか、「また挑戦したいか」「同僚に勧めたいか」といった参加意欲を聞くと、次年度の募集設計にも活かせます。
ただし、満足度が低いからといって、施策が失敗したとは限りません。越境学習では、慣れない環境で葛藤する経験こそが成長の原動力になるからです。自由記述まで読み込み、どのような壁にぶつかったのかを把握しましょう。
レベル2|学習(意識や価値観の変容)
レベル2では、越境を経て社員のものの見方がどう変わったかを測ります。
越境学習の学びは、知識やスキルの習得よりも、自社の「当たり前」を客観視する視点の獲得に表れます。例えば「自社と越境先の違いを言葉で説明できるか」「自分の価値観を他者と比べて捉え直せているか」といった観点が目安です。
測定には、越境前後で同じ設問を用いるサーベイや、伴走者・上司との振り返り面談が有効です。数値と本人の言葉を組み合わせれば、変化の中身をより立体的に捉えられます。
レベル3|行動(帰任後の行動変容)
レベル3では、越境先で得た気づきが、自社に戻ってからの仕事ぶりに表れているかを確認します。
学んだ内容を職場で発揮できなければ、組織への効果は生まれません。経済産業省の越境体験ルーブリックでも、帰任後に「越境先での学びを伝えている」「社内で同志を探している」といった行動が、成長の表れとして整理されています。
本人の自己申告だけでは捉えにくいため、上司による観察や同僚からのフィードバックを組み合わせ、数ヶ月単位で継続して追いかけましょう。
研修や社外で得た学びが職場で活かされる状態は「研修転移」と呼ばれます。学びを行動につなげる方法は、下記の記事でご紹介しています。
レベル4|成果(組織や事業へのインパクト)
レベル4では、越境学習が最終的に会社全体へどのような価値をもたらしたかを評価します。
新規事業の立ち上げや業務改善の実現、組織風土の変化などが該当しますが、越境学習だけの効果として切り分けることは容易ではありません。景気や組織体制の変化など、ほかの要因も成果に影響するためです。
そのため、定量指標だけで因果関係を証明しようとせず、帰任者が関わった変化の具体的なエピソードを併せて記録しておきましょう。数字と事例をセットで示すことで、経営層にも施策の価値が伝わりやすくなります。
越境学習の評価指標と測り方
モデルを日々の運用に落とし込むには、段階ごとに何を見るかを具体的に決めておく必要があります。ここでは個人・行動・組織の3つの観点で指標を整理し、最後に経済産業省のルーブリックの使い方を紹介します。
個人の変容を測る指標
参加者一人ひとりの内面の変化は、主に次の3つで把握します。
- キャリア自律度
- 自己効力感
- 内省の質
キャリア自律度とは、自らのキャリアを主体的に切り拓こうとする意識と行動の度合いを指します。弊社エンファクトリーの調査では、心理と行動の両面から問いを設計して測定し、95%以上の参加者が、キャリア形成への関心が高まり、具体的なキャリア設計を考えるきっかけになったと回答しました。
自己効力感は「自分ならできる」という見通しの強さを表し、越境前後のサーベイで比較できます。内省の質については、日報や面談の記録から、経験を自分の言葉で意味づけられているかを確認しましょう。
行動変容を測る指標
職場での振る舞いの変化は、次の3つの指標で捉えます。
- 帰任後の提案件数
- 巻き込み行動
- 360度評価の変化
提案件数は、業務改善や新企画を自ら持ち込んだ回数を指し、主体性の変化を数値で示せる指標です。巻き込み行動では、部署を越えて協力者を募ったり、学びを周囲に共有したりした具体的な行動を記録します。
360度評価とは、上司だけでなく同僚や部下など複数の立場から評価を集める手法です。越境前と帰任後で同じ項目を比較すれば、本人の自己評価だけでは見えない変化を客観的に確認できます。
組織への波及を測る指標
学びが職場や会社全体に広がっているかは、次の3つで確認します。
- 社内還元への反響(周囲の巻き込み度)
- 次年度の応募者数
- 定着率
社内還元への反響(周囲の巻き込み度) では、帰任者による情報発信だけでなく、それに対する周囲の反応(報告会の参加人数、社内SNS等でのリアクションや質問数など)を追います。形式的な開催回数にとどまらず、帰任者の学びや課題意識がどれだけ周囲に届き、職場を巻き込んでいるかを可視化する指標となります。
次年度の応募者数は、越境学習が社内で魅力ある機会として認知されているかを示すバロメーターです。定着率については、離職を懸念する経営層への説明材料にもなります。
経済産業省「越境体験ルーブリック」の活用法と見方
越境学習ならではの成長を段階ごとに可視化したい場合は、経済産業省の事業で作られた評価表が役立ちます。
ルーブリックとは、学習の到達度合いを評価する表のことです。2021年3月に作成された越境体験ルーブリックは、越境の流れを越境前1つ、越境中3つ、越境後2つの計6段階に分けています。各段階には「葛藤」「俯瞰」「行動」などの観点が設けられ、それぞれの深まりを「浅い」から「深い」まで3段階の記述で判断します。
活用する際は、自社の目的に合わせて観点を取捨選択しましょう。評価者は段階ごとに変え、越境中は伴走者や越境先、帰任後は上司や人事が担うことが推奨されています。本人の自己評価は、基準に合わせた行動の逆算を招き、越境本来の学びを損ないかねないため慎重に扱いましょう。
詳細は、下記のページからご確認いただけます。
越境体験ルーブリック&スタートアップ出向モデル契約書 | Notion
越境学習の評価を設計する4つのステップ
評価の仕組みは、越境を始める前に設計しておく必要があります。導入検討から帰任後までの流れは、次の通りです。
| ステップ | 時期 | 主な内容 |
|---|---|---|
| ステップ1|評価項目の設計 | 導入検討時 | 育てたい人材像から測る項目を決める |
| ステップ2 |ベースラインの測定 | 越境前 | サーベイや面談で出発点を記録する |
| ステップ3|内省の記録 | 越境中 | 日報や面談記録で気づきを残す |
| ステップ4|行動の追跡 | 帰任後6ヶ月程度 | 行動の定着と職場への波及を確認する |
ステップ1|育てたい人材像から評価項目を逆算する
評価の出発点は、越境学習を経て社員にどのような姿になってほしいかを定めることです。
目指す姿が曖昧では、何を測るべきかが定まりません。例えば株式会社アイシンは、目指すべき人材像として「プロ人材」を掲げ、社会やお客様を起点に課題を抽出し、自発的に行動できる人材を育てるために越境学習を導入しました。導入後には、職場の上司から「自発的に動き出すようになった」との声も挙がっています。
このように人材像が明確であれば、「自発的な行動」を測る指標を逆算して設計できます。同社の取り組みは、下記の記事で詳しく紹介しています。
ステップ2|越境前にベースラインを測っておく
出発点を押さえておかなければ、帰任後にどれだけ変わったのかを示すことはできません。
そこで、比較の基準となる越境前の状態(ベースライン)を記録します。キャリア自律度や自己効力感のサーベイ、上司による行動評価などを、帰任後と同じ項目で取得しておくことがポイントです。
あわせて、本人が越境で何を学びたいのかを言葉にしておくと、振り返りの軸になります。ルーブリックでも、越境前の観点に「越境の目的が明確化している」ことが含まれています。
ステップ3|越境中の内省を記録として残す
日々の気づきや葛藤は、その都度書き留める仕組みを整えておきましょう。
記憶は時間とともに薄れ、越境が終わってからまとめて振り返っても、細かな変化は再現できません。ルーブリックの活用マニュアルでも、評価の材料として日報・週報、評価インタビュー、行動観察が挙げられています。
伴走者との定期面談で本人が語った言葉を残しておけば、学びの深まりを時系列で追えるようになります。記録は本人が成長を実感する材料にもなるため、負担の少ない形式で続けられるよう工夫しましょう。
ステップ4|帰任後6ヶ月程度の行動まで追跡する
越境学習の評価は、帰任した時点ではなく、その後の行動まで追いかけてはじめて完結します。
ルーブリックでは、帰任直後を「自社に衝撃を受けつつも、学びを保持して再適応する段階」と位置づけています。戻ったばかりの社員が自社のやり方に違和感を覚え、周囲と一時的に摩擦が生じることも珍しくありません。
周囲を巻き込みながら行動を起こす段階に進むまでには、一定の時間がかかります。帰任から3ヶ月後、6ヶ月後といった節目で上司の観察や360度評価を実施し、行動の定着を確かめましょう。
越境中および帰任後の人事評価で押さえたい5つのポイント
参加者の人事評価を誤ると、社員の挑戦意欲をそぎ、施策全体の効果まで損ないかねません。ここでは、越境中と帰任後の処遇で押さえたい5つのポイントを解説します。
越境期間中は評価の視点を柔軟にし、副次的な成果も捉える
社外での活動に時間を割く分、本業における評価の観点や目線もあらかじめ整理しておく必要があります。
例えば弊社が過去に支援した大鵬薬品工業株式会社の箕輪様の事例では、複業留学中に本業の稼働が2割減り、部下の営業に同行できなくなりました。その結果、部下が自ら考えて動く機会が増え、チームの自律につながったといいます。本業の目標設定を変えずに運用することが多いからこそ、稼働の減少だけに目を向けず、こうした副次的な成果や変化を拾い上げることが重要になります。
越境そのものについては、成果目標を細かく定めすぎないことが肝心です。
箕輪様の事例を含む、越境学習の目的別の事例は、下記の記事でまとめてご紹介しています。
越境が評価上の不利にならない仕組みにする
社外に挑戦した社員が処遇面で損をしないよう、ルールを明文化しておきましょう。
「越境すると評価が下がる」という認識が広がれば、手を挙げる社員は確実に減ります。応募者が伸び悩めば、学びが組織に波及する機会も失われます。
具体的には、越境期間を評価対象から外す、本業の評価を越境前の水準で据え置くといった運用が考えられます。越境先での成果も、慣れない環境で挑んだ結果として厳しく査定しすぎないよう配慮しましょう。帰任後の違和感や周囲との摩擦も、学びの途中で起こる自然な反応として受け止める姿勢が求められます。
送り出す上司を評価の場に巻き込む
公正な評価の前提として、直属の上司が越境先での取り組みを具体的に知っておく必要があります。
活動を知らなければ、越境中の頑張りも帰任後の変化も正しく評価できません。ルーブリックの活用マニュアルでも、上司は越境中に指示や成果を求めず見守る一方で、本人のレポートや評価結果は細かく確認するよう推奨されています。
さらに、上司に伴走者の役割を担ってもらうことも有効です。弊社エンファクトリーでも、越境者の上司や同僚が「ピアサポーター」として定期的に対話を重ねる制度を推奨しています。越境前後で上司が替わる場合は、評価の観点を確実に引き継ぎましょう。
帰任後のアサインメントとセットで評価を考える
戻ってきた社員を正しく評価するには、学びを発揮できる役割をあらかじめ用意しておくことが前提になります。
以前と同じ業務に戻るだけでは、越境で得た視点を試す場がなく、行動の変化も評価できません。ルーブリックの活用マニュアルでは、帰任者を難易度の高い仕事、部署を越えて関係者を巻き込む仕事、失敗が許容される仕事に割り当てる(アサインする)ことが勧められています。
新たな役割に沿って帰任後の目標を設定し、その達成度や周囲への働きかけを評価に反映すれば、成長が処遇へと結びつきます。越境経験の発表会を開き、その内容を評価面談に活かすことも効果的です。
越境先メンター・受入企業からのフィードバックを評価に連動させる
社外での働きぶりを最もよく知る人の声を、評価の材料に取り入れましょう。
送り出し元の上司は、越境先での具体的な行動を直接見ることができません。ルーブリックの活用マニュアルでも、越境中の評価者として伴走者と越境先が挙げられています。
フィードバックは点数として査定に直結させるより、評価面談で振り返る材料として連動させることが効果的です。「どのような場面で工夫していたか」「周囲にどう働きかけていたか」といった具体的な行動を聞き取り、上司と本人で共有すれば、評価への納得感が高まります。受入企業とは、フィードバックの時期と観点を事前に取り決めておきましょう。
越境学習の設計から評価までエンファクトリーにお任せください
本記事では、越境学習の評価を効果測定と人事評価の2つに分け、評価モデルや指標、設計の手順を解説しました。
株式会社エンファクトリーでは、ベンチャー企業の実務に挑戦する「複業留学」や、異業種混合チームでスタートアップの課題解決に取り組む「越境サーキット」などの越境学習プログラムを通じて、累計400社・12,000名以上を支援してきました。導入の目的設計から留学先のマッチング、伴走者によるサポートまで、幅広くお手伝いすることが可能です。
評価設計や自社に合わせた越境学習プログラムの運用に課題をお持ちの方は、エンファクトリーの無料相談・資料請求をご利用ください。
まとめ
越境学習の評価は、施策の効果測定と参加者の人事評価の両輪で考えることが大切です。
効果測定では、4段階の評価モデルを軸に、個人・行動・組織の指標を越境前から帰任後まで継続して追いかけます。経済産業省の越境体験ルーブリックも、自社に合わせて活用しましょう。人事評価では、越境が不利にならない仕組みを整え、上司や受入企業を巻き込みながら、帰任後の役割とセットで成長を処遇に結びつけてください。
評価の仕組みを先に整えておけば、越境学習は一過性のイベントで終わらず、組織を変える確かな投資になります。




