「プロティアンキャリア」という言葉をご存じでしょうか。
ビジネス環境が激しく変化する昨今では、キャリア観の変化が進んでいます。プロティアンキャリアは、現代に即した新しいキャリアの考え方の一つです。
この記事では、プロティアンキャリアの定義やこれまでのキャリア観との違い、企業ができるサポート方法などを詳しく解説します。実際にプロティアンキャリアを実践している事例も紹介するので、ぜひ最後までお読みください。
プロティアンキャリアとは?
プロティアンキャリアとは、社会や環境の変化へ臨機応変に対応しながら、自分の意思でキャリア構築することです。
プロティアンキャリアを構築するためには、以下の2つの要素が必要だとされています。
- アイデンティティ(自己同一性)
- アダプタビリティ(適応力)
当然ながら、アダプタビリティ(適応力)が低すぎると柔軟なキャリア構築は難しいです。しかし、アダプタビリティが高ければよいというものでもありません。なぜならば、ただ単に時代に流されるだけだと、戦略的なキャリア構築とは呼べないためです。理想的なキャリアを構築するためには、一定のアダプタビリティを保ちつつも、自分なりの価値観や方向性をはっきりさせておく必要があります。
プロティアンキャリアの理論は、一見対立しているように思える「自分のキャリア軸」と「激しい環境変化への適応」を両立させる方法を教えてくれます。まさに、現代のビジネス環境に必要なキャリア観なのです。
プロティアンキャリアの歴史
プロティアンキャリアの概念は、ボストン大学の名誉教授であるダグラス・ホールによって1976年に提唱されました。その後、2019年に法政大学の教授を務める田中研之輔教授によって拡張され、現在に至っています。拡張版でも基本的な考え方は変わりませんが、「人生100年時代」に合わせた内容へと全体が深化されました。
ちなみに、「プロティアン」はギリシャ神話に出てくる海神「プロティウス」を語源としています。プロティウスは変身の術に長じており、火や水、獣など、変幻自在に姿を変えることができたそうです。
これまでのキャリア観との違い
プロティアンキャリアとこれまでのキャリア観の違いは次の通りです。
これまでのキャリア観 | プロティアンキャリア | |
キャリアの所有者 | 組織 | 個人 |
価値観 | 昇進や権力が重視される | 自由や成長も重視される |
人材の流動性 | 低い | 高い |
重要視される成果 | 給与、ポジション | 心理的成功 |
まず、キャリアの所有者が異なります。これまでは、各社員のキャリアを会社が構築するのが一般的でした。しかし、プロティアンキャリアではこうした前提がありません。社員はそれぞれ自分で目標や将来像を描き、主体的にキャリアを選択する必要があります。言うなれば、「待っているだけでキャリアが構築される」という時代は終わったのです。
加えて、キャリアに対する価値観や成果も異なります。これまでは、昇進や給与がキャリア構築の主な目的でした。しかし、転職や副業が当たり前になった昨今では、決してこれらだけがキャリアのゴールではありません。これからは、「自分自身が今の状態に満足できているか?」という心理的な成功も、キャリア構築において重要な視点となるでしょう。
プロティアンキャリアが重要視されている背景
プロティアンキャリアが重要視されている背景は、主に以下の2つです。
- 雇用システムが変化している
- ビジネス環境の変化が激しくなっている
それぞれについて詳しく解説します。
雇用システムが変化している
プロティアンキャリアが重要視されている一つ目の背景は、雇用システムの変化です。
従来の日本企業は、新卒一括採用の終身雇用が一般的でした。このシステムは安定した雇用が保障される反面、社外でのキャリアに目を向けづらくなり、キャリア意識が低下してしまうデメリットを持っています。
しかし、働き方改革の推進やジョブ型雇用の普及により、今までの終身雇用は崩壊しつつあります。人材の流動性が高い現代では、もはや「キャリアは会社から与えられる」というものではなくなっているのです。
ビジネス環境の変化が激しくなっている
二つ目の背景は、ビジネス環境の変化です。
インターネットや物流が高度に発達した現代社会は、国境を超えて人材・物資・資金が動きます。ありとあらゆる業界で競争が激化しており、1年前や2年前の常識が「時代遅れ」と言われることも少なくありません。
このような背景から、企業はこれまでのように「パターン化されたキャリア」を社員へ用意することが徐々に難しくなっています。今の視点で20年後や30年後のキャリアパスを用意しても、そのポジションが20年後や30年後に存在しているかわからないからです。
プロティアンキャリアが実現できれば、組織体制や時代の変化にも柔軟に適応できるようになります。時代の流れへ適応するため、キャリア観にも大きな変化が求められているのです。
プロティアンキャリアに必要な2つの能力
プロティアンキャリアを実現するためには、以下の2つが必要です。
- アイデンティティ(自己同一性)
- アダプタビリティ(適応力)
これらはいわば車輪の両輪のようなもので、どちらかだけを持っていれば良いというわけではありません。プロティアンキャリアに必要な2つの能力を解説します。
アイデンティティ
アイデンティティとは、「自分が自分である」という自己認識のことです。もう少し噛み砕いて説明すると、「自分は、他の人とは区別できる自我を持った存在である」という意識のことを指します。
プロティアンキャリアには、アイデンティティが必要不可欠です。仮にアイデンティティの確立が不十分だと、激しい時代の変化に振り回されてしまいます。専門性や経験を磨けないので、戦略的なキャリア構築は難しくなるでしょう。
加えて、アイデンティティの独立性も大切です。従来は、個人のアイデンティティが組織へ大きく依存していました。実際、以下のような視点でキャリアを考えてきた人も多いでしょう。
- 自分が「組織から」求められているのは何か?
- 「組織で」評価されるためには何が必要か?
プロティアンキャリアでは、こうした「組織視点」から脱却し、個人の軸や価値観を確立することが求められます。そのためには、アイデンティティの確立が必要不可欠なのです。
アダプタビリティ
アダプタビリティとは、変化に対する適応力を指します。これまでは「組織変化への対応力」という意味で用いられてきましたが、プロティアンキャリアの文脈で重視されるのは、主に社会や環境の変化に対するアダプタビリティです。
プロティアンキャリアの理論では、以下の2つが組み合わさってアダプタビリティが生まれるとされています。
- 適応コンピテンス
- 適応モチベーション
前者の「適応コンピテンス」とは、社会や環境変化を素早く学習し、それを自分のアイデンティティと融合させる能力のことです。後者の「適応モチベーション」とは、変化へ対応していこうという気持ちのことを指します。「変化を受容するための心構え」と考えるとわかりやすいでしょう。
プロティアンキャリアでは、言うまでもなく適応力が求められます。新しい物事へ挑戦する、学習を継続するなど、日頃から変化を積極的に受け入れることが重要です。
社員のプロティアンキャリアをサポートする方法
社員のプロティアンキャリアを実現するためには、企業側の積極的なサポートが大切です。具体的な方法としては、以下が挙げられます。
- キャリアカウンセリングやメンターシップの導入
- 学習機会の提供
- 多様なキャリア形成を可能にする制度の整備
企業がプロティアンキャリアをサポートする方法を解説します。
キャリアカウンセリングやメンターシップの導入
社員のプロティアンキャリアをサポートするためには、キャリアカウンセリングやメンターシップの導入が有効です。
経験豊富な社員が若手社員のキャリア形成をサポートする機会があれば、若手社員はキャリアに関する疑問や不安を解消できます。専門家が個別にキャリア相談へ応じる「キャリア相談会」などを企画するのも手です。
いずれにしても、画一的なキャリア開発ではなく、個人の主体性を尊重した多様なキャリア選択をサポートするようにしましょう。
学習機会の提供
社員が新しいスキルや知識を習得できる機会を用意するのも、プロティアンキャリアの推進に効果的です。具体的には、以下の2つの方法が挙げられます。
- 集合研修を実施する
- eラーニングなどのオンラインコースを受講してもらう
これらの方法で語学やテクノロジーについて学んでもらえば、異なる環境でも通用する能力が身につきます。公募型の研修を充実させて、社員の自発性を尊重した学習環境の整備を進めるのもおすすめです。
多様なキャリア形成を可能にする制度の整備
プロティアンキャリアを実現するためには、多様なキャリアを支援する制度の整備が必要です。具体的には、以下のような方法が考えられます。
- 社内副業制度を導入する
- (社外での)副業を解禁する
ある一つのプロジェクトだけに長く関わり続けていると、いつの間にか視野が狭くなってしまう場合があります。社内副業を導入すれば、日頃からさまざまな環境で仕事を進められるようになり、視野を広げることができます。
なお、社内でこうした機会を用意できない場合には、社員を他社へ派遣する「越境学習」を取り入れるのも効果的です。越境学習では普段関わらない人と業務を進めるため、価値観が刺激されますし、社内だけでは培えない視点を手に入れることができます。
プロティアンキャリアと越境学習の関係性は、この後詳しく解説します。
プロティアンキャリアと越境学習
日本におけるプロティアンキャリア研究の第一人者である法政大学の田中研之輔教授は、プロティアンキャリアを実現するために心がけたい3つの項目として、以下を挙げています。
- 変化を恐れない
- 変革にブレーキをかけない
- 「ノーマル」のリミッターを外そう
これらを実現するためには、「キャリアのオープンイノベーション化」が求められます。キャリアのオープンイノベーション化とは、キャリアを一つの組織で育てるのではなく、企業間で連携したキャリア形成を促すことです。
越境学習は、キャリアのオープンイノベーション化を進める上でとても有効な取り組みです。普段と異なる環境で働く経験を積むことができるので、変化を恐れない姿勢が自然と身につきます。ベンチャー企業の文化に触れることで、「当たり前」という固定概念を打破することもできるでしょう。
プロティアンキャリアと越境学習の関係性は、以下の記事でも詳しく解説しています。
改めて自律人材・自律的組織を問う ~プロティアン論から見るキャリアオーナーシップ~ | 株式会社エンファクトリー
越境学習(複業留学)によって固定概念を3ヶ月間で打破した事例
帝人ファーマ株式会社の中嶋様は、普段医薬品のプロモーション資料をチェックする業務を行っています。日々の業務へ徐々に慣れていく中で、「自分はこのままだと自己満足して視野が狭まってしまうのではないか」という思いを持つようになり、弊社の実施する複業留学への参加を決めました。
複業留学先のベンチャー企業において、中嶋様は主にAIシステムの調査を担当しました。普段とは異なり、プロジェクトを一人で最初から最後まで完了させることに驚いたそうです。デジタル技術という慣れないテーマでしたが、その分大きな成長実感を得ることができました。
複業留学後には、自分から行動することが増えるといった前向きな変化が生まれています。本事例の詳細は、以下のページからご確認ください。
複業留学体験レポート「自社への愛着深まる:固定観念を打破する3ヶ月間」

自分を客観視して改善し、相互補完の視点を獲得した事例
株式会社オリエントコーポレーションの大塚様は、15年間にわたってクレジット関連サービスの営業をこなす中で、業務のマンネリ化を感じていました。そこで、新しい視点を身につけることが営業力の向上に役立つのではないかと考え、弊社の実施する複業留学へ参加しています。
複業留学先では「高齢者福祉支援サービス」という普段とは異なる商材を扱っていただきました。留学期間の前半はどうしても受け身の姿勢になりがちでしたが、中間面談での「もっと意見を言った方がいい」というアドバイスをきっかけに、主体的な行動を意識するよう変化しています。
複業留学後には、お互いの弱みを補い合って高みを目指す「相互補完」の姿勢が身につきました。複業留学の同期と接する中で、資料作りやDXの知識などをさらに強化したいという思いも芽生えたそうです。
本事例は、新しい環境に身を置くことでマインドが変化し、プロティアンキャリアの第一歩を生み出した成功例といえます。さらに詳しく知りたい方は、以下のインタビューをご覧ください。
複業留学体験レポート「自分の悪い癖を改善し、相互補完の視点を身につけられた」

変化に柔軟な人材を育てるなら、エンファクトリー
プロティアンキャリアについて、定義や背景、会社ができるサポート方法などを解説しました。激しく時代が変化する昨今、個人が柔軟にキャリア構築する重要性は高まっています。企業側も、他社との連携などを通じて、社員のプロティアンキャリアを積極的にサポートすることが大切です。
弊社エンファクトリーは、一般社団法人プロティアン・キャリア協会と業務提携しています。越境学習を通じて、プロティアンキャリアを実現するのに役立つプログラムを実施中です。
詳しく知りたい方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。